NISHIMOTO

Open App

傘を差し出すあなたを見た。
「よかったの?」
「え?……ああ、僕は近いし。遠出するやつが濡れたら大変だろ」
慈善、というよりは美徳を目指す人だ。「優しい人になりたい」だったか、いつか言っていた言葉を思い出す。
そう褒めたら笑ってくれるだろうか。
カニ歩きで一歩近づいて目だけで見上げる。
「優しいね」
すると、いっときこちらを見つめてそれから嬉しそうに鼻の下をこすった。
宿舎までは相当歩くのに相合傘とやらを申し出すには折り畳みは心許ない。ので、また一歩近づいて袖を引いた。
「よければ、一緒に踊りませんか」
「お、おどる?」
「そう、踊る」
そういう曲があったのを思い出して。先んじて歌うように告げて、袖から今度はするりと手を攫った。
「僕は踊るとか得意じゃないんだ。ボックスステップくらいで」
「いいじゃんそれで。行こう」
「いいのか」
「いいの、いいの」
向き合って反対の手も取る。
「濡れて踊ろう」
「それは、絶対に風邪を引く!やめよう!」
ふざけて背中側に倒れ込もうとしたのを支えてくれる、優しい人。握ったままの両手で支えるので拘束したまま抱きしめられてるみたいで。
通りすがりの生徒が口笛を吹いた気がする。
どう?私たち、お似合いかな?
「雨の中じゃないと曲からズレるもの」
「それは恋愛ソング?」
「うん、まあ」
すでに近い距離をさらに引き寄せられる。
「僕としては、僕らはじゅうぶん恋人だと思うんだが。完全に真似をしないと安心しないか?」
前髪がさらりと私に落ちて、額をくすぐる。
今回くらいは譲ってあげてもいいくらい、そういうところが好きだった。

3/25/2023, 10:09:58 AM