茶色の花びらを親指と人差し指で摘んだ時、ふと、蝶も似た質感だろうなと思った。目を閉じて蝶の羽を触っても、花びらと見分けれないんじゃないだろうか。悪趣味なので実行はしないけど。茶色の花びらをもう一枚千切る。
飾ってあった花が枯れたので、捨てるところだった。ゴミ箱に入れる直前、そういや今までの人生、花を千切ったことが無いなと思ったのがきっかけで、今に至る。
音もなく、ただ静かに、花弁を切り離す。大した時間を掛けずに全ての花弁を千切り終えると、そこに残ったのはシンプルな軸だった。この行為に意味はないが、花の仕組みが分かったので少しだけ面白かったと思う。それ以外にも自分の中で渦巻く感情があることを知っていたけれど、呼び方を見つけることが出来なかった。
散らばっている花をひとまとめにし、両手で抱える。ゴミ箱に入れる直前に口から、ありがと、と言葉が漏れた。
/蝶よ花よ
うるさい。
頭から鐘の音が離れない。
布団の中でじっと収まるのを待っていたけれど、とうとう我慢が出来なくなって鍵を掴んで外に出た。
何でも良いから気を紛らわせたい、振り払いたい。川沿い、土手を走った。
今は深夜で誰も居ない静寂の中、私の音ばかりが占めている。
足音。荒い息。
鳴り響く鐘の音。
視線は真っ直ぐで、きちんと景色を映しているはずなのに、昨日の光景が目に焼き付いている。
幼馴染の結婚式だった。あの子の横顔。私と目があって笑った顔。「来てくれてありがとう」って、本当に幸せそうで。
私はあの子のことが好きだったのか。分からない。
ただ、この鐘の音を、うるさいなんて思ってしまってごめん。息が苦しくなり、涙が出た。ずっとペースを落とすことなく走っていたから。
涙を雑に腕で拭う、鐘はまだ鳴っている。
だから足は止めない。
/鐘の音
もしもタイムマシンがあったなら
『拝啓 私の神様へ』
と、本当なら書きたいところだが、困惑させるのが目に見えるので素直に作者の名前を1行目に書いた。今から私は大好きな漫画の作者にファンレターを書く。
「……」
一考し、名前を消しゴムで擦って白紙に戻した。もっと綺麗な字で書かないと。だってこの手紙は私の神様が読むんだから。
私の神様が、読むんだから
あ、やばい。頭の中で急激にその事実が重くのしかかった。息を長く出し、少し冷静になる。いま私走っても無いのに息が荒くなってた。
落ち着こう、再度名前をゆっくりと書く。よし綺麗。次、2行目。
シャーペンを握りしめる。
シャーペンを強く握りしめる。
--ダメだ。さっきの事実がやっぱり頭から離れられない。
物語を創る人に、私の創った文を送るなんてちょっと、畏れ多すぎたかもしれない。数ミリでもいいから良い文を書きたくてまた考える。
手紙ってこんなに大変なんだ。
思わず唸るがそれでも辞めようとは全く思わない。
だって私、大好きなんだ。生きる希望を与えてくれたとか、人生の素晴らしさを知った、とかそんな大それた思いでは無いけれど、それでも。
私はこの漫画に出会えて良かったと、心の底から強く、強く思っている。
「よし」
もう一度シャーペンを握りしめ、動かした。一画ずつ、丁寧に。思いが伝わるように。
/神様へ
遠くの空へ飛んで行く紙飛行機、イメージは容易いけどね。
青い空、白い紙飛行機が真っ直ぐ飛んでいるいかにもな映像をパッと脳内に描き、亜美は今、自身の目の前で起こっている景色と比較してみた。
どんよりとした鼠色の空。チラシで作った激しい色使いの紙飛行機。そしてその軌道はヘロヘロと不安定に揺れて、今にも落ちそうである。
ありふれた妄想は、中々現実では起こりえない。分かってはいたけどここまで落差があるとは思っていなくて、声は出さずに笑ってしまった。
「ぎゃー!落ちそう!」
一花の叫び声が響く。数分前に、紙飛行機飛ばすわ、と唐突に宣言した亜美の友人は、めちゃくちゃな軌道と共に走っている真っ最中だ。私は少し遠くに立ち、1人と1つを動画に収めている。あ、風が吹いた。
「え!亜美ちゃん見てめっちゃ飛んだ!」
指を差して、本気で喜んでいる一花に「見てる見てる」と笑って答える。
鼠色の空で、チラシの紙飛行機で、軌道は風任せに舞って、降りて、なんかフラフラしてて。
なのに私は今凄く楽しい。なんでだろう、分からない。一花が、亜美とまた呼ぶから、私も紙飛行機を追いかけに駆け出した。
/遠くの空へ