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10/5/2025, 3:00:25 PM

四柱推命で占うと、私の本質は丁であるとされている。

丁(ひのと)とは、灯火や月の性質を持つ天干である。
月は、ミステリアスで、様々な形に見え、人の心を癒す。
また、薄明るく道を照らし、人を静かに見守る。
そんな本質を持っているらしい。

もっと存在感のある天干はある。大樹、太陽、山、海などの天干は、強くスケールが大きいのでカッコいい。
しかし、私は自分の天干が好きである。

灯火や月は、静かだが内に強い情熱を持つ。
周りが暗くなると、その存在感の大きさがわかる。
平時では目立たないが、いざという時に道を示してくれるのである。

また、頭脳派で参謀タイプとも言われる。
人にコンサルタントやカウンセルするような仕事が合っているかもしれない。
今の私の仕事に当てはまる。たぶん向いているのだろう。
しかし、今まで向いていない仕事を何種類もして来て、やっとこの仕事に就くことができたのだから、最初から四柱推命で自分を占っていたならもっと楽な人生になったかもしれない。

所詮は占いなので、自分に都合のよいところだけしか信じないようにしているが、それにしても四柱推命はよく当たるような気がする。

最近は、夜月を見上げるとき、お月様は他人には見えなくなった。
あんな美しいお月様になれたら、きっと人の役にも立てるのだろう。

いや、そんな存在にならなければならない。
それが私の使命なのだから。

9/30/2025, 1:27:34 PM

人生を旅に例える人もいるだろう。
しかし、私にはとてもそうとは思えない。

あまりにも長い間、同じ場所に留まっているように思える。

人生のライフイベントから外れてしまったからかもしれない。
就職以下、結婚、出産、育児、昇進、昇給、住宅の購入などのお決まりコースとは無縁の人生。
一方で、失業、病気、死別などのマイナスのライフイベントはしてきた。

水は溜まりすぎると腐ってしまう。

確かにストレスフルだ。

今も、旅行になど行く余裕はない。

専門職の宿命なのだが、いい年して毎日猛勉強している。
己を磨き続けなければ仕事にならないからだ。

恋愛も、趣味も、先送りなのだが、年をとってしまい過ぎると、これも後悔しそうである。

本当に晩年期に花が咲くのか?

とにかく、自分を大器晩成タイプだと信じたい。

9/29/2025, 3:11:41 PM

確かに、いつの間にかモノクロの世界になっていた。

いつからだろう。

学生の頃は、きちんと色がついていたと思う。
やはり、社会人になってからだ。

私の場合、社会人になってから運が下降していった。

今までの自由な生き方や、自由な考え方がことごとく否定されたところから、自信を失い、道に迷ってしまったのだ。

ひとつ道を踏み外しただけで、正道には戻れなくなる。

長い間、底辺を這いつくばって何とか生きてきた。
絶望という長いトンネルにいながらも、いつか必ず一花咲かせられると信じて。

しかし、いまだに世界はモノクロにしか見えない。
おそらく、まだ努力が足りないのだろう。

とはいえ、あの頃のような絶望感はない。

それは、世の中が変わってきたからだ。

あの頃の社会が遅れていたのであり、やっと私のレベルに社会が追いついてきただけだったというのが分かったからだ。

私の世界がカラーになる日は、そう遠くではないような気がする。

9/28/2025, 3:42:42 PM

私はよく、永遠に夜ならいいのにと思うことがある。

世の中が寝静まった世界は居心地が良い。
静かだし、時間も止まった感じがする。

何より、私の体は間違いなく夜型に作られていると思うのだ。

今までの人生で、子供の頃から夜型で、学校にはいつも遅刻をしていた。
朝が大嫌いで、昼も体調が悪く、、夕方になると段々楽になってくる。
社会人に、なってからも昼職だったので、かなり無理をしていたので、いつも体調は悪かった。

今も、昼職だが、自由業なので多少は融通がきく。

夜職はどうかというと、それはそれで、朝方帰宅して、寝て、昼過ぎから夕方に起きるというサイクルは、体調をおかしくする。
だから、一番良いのは、自分の裁量で仕事と時間調整ができる自由業なのだ。逆に、私にはこういう仕事しかできないと高校生の頃から分かっていた。
でも、人間変われるかもと期待して頑張ったがダメだった。
私は、永遠に夜型人間だったのだ。

朝になると気分が落ち込む。
電話が鳴り、誰かが訪ねて来るかもしれない。
外はうるさく、集中できない。
途端に社会人としての義務や常識が発生するのだ。
夜のほうが仕事がはかどるのに。

だから、永遠に夜でいいと、いつも思っている。

9/27/2025, 11:39:17 AM

もちろん、大切な存在を失ってしまった時は涙が止まらない。
なぜか両親の死の時は涙を流さなかったし、それほど悲しくもなかったが、愛猫たちが死んだ時は、数日たってから涙が止まらなかった。

しかし、涙が出そうになる時がもう一つある。

それは、プライドを傷つけられた時だ。

それも、自分が覚悟していた欠点ではなく、思わぬところで欠点?を指摘された時に涙が出そうになる。

死ぬほど恥ずかしいし、死ぬほど悔しいからだ。

自分でも大人げないとは思うが、そんな時はかなり頭にも来ている。ブチ切れたいが、大人げないから何とか耐えてはいる。
しかし、理由をつけてその場から離れるようにしている。

また、私のその欠点を指摘した奴とは縁を切るか、それができない時は外敵として認識し、極力接触しないようにする。

そもそも過去に、辱めを受けたことは一生忘れられない。
何の権利があって人を辱めるのか?

でも、人の評価ごときで感情が大きく揺れてしまうメンタルの弱さに問題があることは確かだ。

ただ、そういう性質はなかなか治るものでもないので、今は、人との距離感を慎重に測りながら生きていくしかないと思っている。

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