父は夕食時、お酒を飲んで、仕事のストレスを子供にぶつける人だった。
標的になったのは大抵兄。
毎日3時間は、暴力と暴言が兄を襲った。
すぐそばで見ているわたしは、自分が殴られるよりも怖かった。
兄が進学して家を出ると、標的は勿論わたしに移った。
わたしの時は恐怖に支配されたまま、止まった。
今は父は天国にいる。
天国から、今でもわたしに罵声を浴びせてくる。
止まったままの時は、なかなか動こうとしない。
【時を止めて】
どうして、こんなに金木犀の香りがもてはやされるのか、わからない。
今は、化粧品、ハンドクリーム、シャンプーなど、こぞって季節の香りとして、金木犀の香りのものが売られている。
喜んで買う人の気が知れない、とつい思ってしまう。
何故かって。
わたしの小さい頃、金木犀の香りは主に学校のトイレの芳香剤だったからだ。
だから香りを嗅ぐと、学校のトイレを連想する。
昔から、トイレに食べ物の香りをおくと、食べ物がトイレを連想させるから良くないと聞いていた。
だからか、今ではローズ系の香りが多いように感じる。
わたしにはローズは食べ物だ。ローズペタルジャムのロシアンティー、クローテッドクリームとスコーンとの組み合わせ、ローズティーだって良く頂く。
トイレには食用ローズとは少し違う、フローラルな香りが望ましく思える。
金木犀は、どうしても、今でもトイレの香りなのだ。
【キンモクセイ】
今はもう、更地にして、売り地にして、新興住宅地になってしまった、わたしの育った養母の家の庭に、小さな小さなお墓があった。
それは、黒猫のクロちゃんのお墓。
いつの間にか家に住み着いていて、人懐こくて、頭が良くて、まだ小さなわたしのお友達だった。
養母にも人付き合いを禁じられて、家に閉じ込められていたわたしの、数少ない遊び相手だった。
でも、寿命は来てしまった。
猫さんの寿命は短い。
行かないでと願っても、逝ってしまった。
寝床にしていた箱の中で、毛布にくるまれて。
最後にニャアと鳴いて。
今はどうしているんだろう。
新しい猫生を生きているのかな。
そうだったらいいな。
【行かないでと、願ったのに】
僕は編みぐるみが得意だ。
小さいものならすぐに編めるくらいには。
今日も学校で嫌な目に遭った。
いじめなんてこの学校にはないんだって。
先生は皆、隠したがるんだ。
泣き寝入りなんて、してやるものか。
帰宅した僕は編みぐるみを編む。
秘密の標本箱には、僕をいじめた連中の髪が、整然と片付けられている。
編みぐるみに、いじめっ子のひとりの髪を編み込んで、そして、完成後はどうしようか。
針をいっぱい刺しまくろうか、火に焚べてじっくりと燃やそうか。
暗い楽しみが心を満たす。
こんなことでも、しないよりはずっとマシ。
編みぐるみは僕の心の支えだ。
【秘密の標本】
僕が住んでいる盆地には、湖がある。
冬、湖が完全氷結すると、盆地全体が冷凍庫になる。
寒い時にはマイナス20度近くまで下がる。
勿論、凍らせてはいけないものは冷蔵庫に入れる。
冷やすためでなく、凍らせないために、冷蔵庫を使うのだ。
朝は雪かきから始まる。粉雪が降る地域なので降り始めは竹箒で掃く。積もってくるとスコップを使う。
除雪車が轟音を立てて通過し、歩道に山と雪を寄せて去っていく。この雪山を崩さないと、自然には融けてくれない。粉雪なので固まらないから、かまくらも雪だるまも作れない。サラッと崩れてしまう。
塩カルを撒いたりして、通り道を作る。
そんな雪国の朝の光景。
温暖化が進んで、もう懐かしいものになりつつある。
【凍える朝】