お題 また会いましょう
また会いましょう。
それでは、さよなら。
手を振るあなたが前を向く
僕を忘れて前を向く
知っているんだ、本当は
僕らはもう、会えないのでしょう
あなたの笑顔の裏側で
そう語るのを聞いたから
諦め悪い僕だから、その名を呼び止めたくなる前に
さっさとケリをつけなくちゃ
さようなら。
いつかどこかで、また会いましょう。
いつか、君にこの声が届いたら
振り向いてくれるのを待ってます
お題 忘れたくても忘れられない
子供の頃見た光景が、今も脳裏に焼き付いている。
そんな事が、誰でも一つはあるだろう。
私にもそんな忘れられない光景がある。
あれはそう、まだ片手で足る歳の頃だったろうか。
何処かに出かけた後、帰路に着く車の中で私は何気なくシートに仰向けに寝転がった。
そうすると、顔は逆さまになるので普段見る世界とは真逆の光景が窓の外に広がるのだ。
あの日は確か、雨が降った後の晴天が広がっていたと記憶している。
頭に血が上る感覚を感じながら、私は目の前の光景に夢中になっていた。
空から垂れるようにそびえる電柱だとか、水溜まりのように広がる蒼天と雲。
まるで世界が逆転してしまったような不思議な感覚。
私は忠告する親の言葉も意に介さず、阿呆のようにひたすら目の前を見つめていた。
果たして、あの時の私は天地を理解していたのだろうか?
空の大地、地面の宙、大地、空、大地、そら。
あたまに、ちがのぼる。
そこから先は、覚えていない。
幼い頭が思考に耐えられなくなったのか、そこで車が家に到着したのか。
いずれにせよ、この経験は私の短くない生の中でも頻繁に思い出されるものとして脳内に残り続けている。
また、これは私を空想好きたらしめた要因の一つでもある。
もしこの経験が無ければ、とまでは言わないが、この経験は私が創作を夢見る過程に一種の影響力を与えている。
いつか、あんな世界に行ってみたいと思ってしまう程には。
お題 子供のように
いつからだろう。
子供の頃どうやって笑っていたのか、分からなくなったのは。
形のいい石だとか、流行りのキャラクターの筆箱だとか。
取るに足らない事で、どうしてあんなに無邪気に笑えていたのだろう。
大きくなるにつれ、私を取り巻く世界は私を置き去りに大きく変わっていく。
気に入らない先生がいる、点数が全然伸びない、あの子の態度が気に食わない。
澱んだ話題は静かに、そして確実に私の心を犯していく。
うんざりした気持ちを奥底に隠して、私は今日も笑顔を作る。
子供みたいな笑顔で、心底楽しそうな笑顔で笑わなきゃ。
頬に力を入れ、最大限の笑顔を見せる。
ああ、しんど。
お題 夜景
夜景は嫌いだ、天上で輝く本物の星が隠れてしまうから。
子供の頃、星の見えない都会へ連れてこられて、そう母に文句を言ったことを思い出す。
だけど、大人になるにつれ、少しずつ分かったことがある。
天上の星に勝る輝きが、デート前の誰かの心を浮き立たせることがある。
生活の星が集まって銀河になることで、どこかのレストランでプロポーズする誰かの心の支えになるときがある。
僕自身、彼女に教えられるまで知らなかったけど。
こんな楽しみ方も悪くない、と今は素直に思える。
そして、そう考えたほうが人生はきっと楽しい。
ふと、通知音が鞄から聞こえた。
取り出してみれば、帰宅を急かす妻と娘のLINE。
そっと笑み、スマホをポケットにしまう。
煌びやかな街をまた、歩き始めた。
お題 君の奏でる音楽
王者のようなその音に、憧れなかったと言えば嘘になる。
私に比べて君は、音も響きも華やいでいたから。
先輩に代わって1stを吹くことも、ソロに選ばれるのが多いのも理解していた。
でも、もう限界だ。
最後の演奏会が決まって、当たり前のように1stもソロも決まった君が帰り道に放った言葉。
「正直、1stもソロもやりたくないなぁ。」
は?
ふざけんなよ。なにが『やりたくない』だ。
あんたはいっつもそうだ。私たち凡人の事なんか理解しないで、自分に都合のいい世界しか見ないで。
何であんたなんかに、1stを、ソロを。
「嫌なら、言えば良かったじゃん。」
あ、言ってしまった。こんな感情、見せたくなかったのに。
「いっつもそうだよ。君は涼しい顔して全部持ってったかと思えば、その度に釈然としない顔してさ。そんな顔してる暇あるなら、少しは私たちの事も考えてよ。」
本当は、悔しかった。
周りにはしょうがないなんて言ってたけど、本当はずっとずっと悔しくて。
あんなに練習して、技術も音も並ぶくらい高めたのに。
隣にいるのに、どうして、こんなにも遠いのか。
「君と同じ部活なんて、入んなきゃよかっ」
目の前の光景に、息が止まる。
「ごめん。」
泣いていた。いつも自信満々な君が、王様だった君が。
「私は、君の優しい、包み込むようなホルンの音が、大好きだったから。」
1年生の頃から、ずっと。
君の吹く音が、憧れだったんだ。
「先輩に恨まれても、贔屓って言われても、吹部で、君の奏でる音が聞いていたかった。」
でも、それは全部。私の自己満足でしかなかったんだね。
「ごめん。ごめん。ほんとうに、ごめん。」
君はそう言いながら、ゆっくりと、静かに涙を零していた。
私は、何もかも忘れたようにただそこに立っていた。
かける言葉なんて、ある筈もなかった。
一晩経てば、二人とも何も無かったような顔になる。
でも私は知ってしまった。
その胸に宿る本当の思いを、願いと言うにはささやかすぎる願いを。
それでも君はいつものように、真っ直ぐ前を見据えている。
王が民衆を見つめるように、威風堂々と。
ねぇ、今からでも間に合うのかな。
謝ることも、君と話し合うことも。
そんなことを考えながら、私は今日も2ndへ座った。