シロツツジ

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お題 君の奏でる音楽

王者のようなその音に、憧れなかったと言えば嘘になる。

私に比べて君は、音も響きも華やいでいたから。

先輩に代わって1stを吹くことも、ソロに選ばれるのが多いのも理解していた。

でも、もう限界だ。

最後の演奏会が決まって、当たり前のように1stもソロも決まった君が帰り道に放った言葉。

「正直、1stもソロもやりたくないなぁ。」

は?




ふざけんなよ。なにが『やりたくない』だ。

あんたはいっつもそうだ。私たち凡人の事なんか理解しないで、自分に都合のいい世界しか見ないで。

何であんたなんかに、1stを、ソロを。

「嫌なら、言えば良かったじゃん。」

あ、言ってしまった。こんな感情、見せたくなかったのに。

「いっつもそうだよ。君は涼しい顔して全部持ってったかと思えば、その度に釈然としない顔してさ。そんな顔してる暇あるなら、少しは私たちの事も考えてよ。」

本当は、悔しかった。
周りにはしょうがないなんて言ってたけど、本当はずっとずっと悔しくて。

あんなに練習して、技術も音も並ぶくらい高めたのに。

隣にいるのに、どうして、こんなにも遠いのか。

「君と同じ部活なんて、入んなきゃよかっ」

目の前の光景に、息が止まる。

「ごめん。」

泣いていた。いつも自信満々な君が、王様だった君が。

「私は、君の優しい、包み込むようなホルンの音が、大好きだったから。」

1年生の頃から、ずっと。

君の吹く音が、憧れだったんだ。

「先輩に恨まれても、贔屓って言われても、吹部で、君の奏でる音が聞いていたかった。」

でも、それは全部。私の自己満足でしかなかったんだね。

「ごめん。ごめん。ほんとうに、ごめん。」

君はそう言いながら、ゆっくりと、静かに涙を零していた。

私は、何もかも忘れたようにただそこに立っていた。

かける言葉なんて、ある筈もなかった。




一晩経てば、二人とも何も無かったような顔になる。

でも私は知ってしまった。

その胸に宿る本当の思いを、願いと言うにはささやかすぎる願いを。

それでも君はいつものように、真っ直ぐ前を見据えている。

王が民衆を見つめるように、威風堂々と。


ねぇ、今からでも間に合うのかな。

謝ることも、君と話し合うことも。

そんなことを考えながら、私は今日も2ndへ座った。

8/12/2023, 3:33:44 PM