前略
冬になったら銀化粧に沈んでみようと思います。
あなたの温度を知れる気がして。
あなたの影を見れる気がして。
あなたの後を追える気がして。
その時はどうか、私の手を離さないでくれると嬉しいです。
道に迷うといけませんから。
あなたの隣に居れなくては、意味がありませんから。
草々
冬になったらこうやって僕は意を決するが、
その度に星が煌めいて、月が明るく夜を照らす。
こんな静かな夜が醒めたとき、
僕なんかのせいで静寂を崩すわけにはいかないと、
言い訳を見つけては部屋でひとり眠りにつく。
ああこうやって、
冬になったら僕はあなたを恋しく思う。
春よりも夏よりも秋よりも、
冬になったら僕はあなたに会いたいと思う。
その度にまだ会えないことをつくづく実感して、
生きてることを実感して、
そこに愛を感じて、
そこに哀を感じて、
悲しくも悲しくも、あなたの笑顔が浮かぶのです。
銀化粧の空の下で一等美しく微笑む愛おしいあなたが。
天使は悪魔に恋をした。
悪魔も天使に恋をした。
天使は悪魔になって悪魔を探した。
けれどどうだろう、
同じ場所まで辿り着いたのに探していた悪魔は見つからない。
悪魔は天使になって天使を探した。
けれどどうだろう、
同じ場所まで辿り着いたのに探していた天使は見つからない。
そして、
天使になった悪魔は、
悪魔になった天使は、
互いの存在に恋をする。
永遠に交わることのない2人の心は、
満たされないまま循環するように巡り巡って、
互いの存在に恋をする。
2人の群像劇を不憫に思った神様は、
永遠の存在を消してしまった。
それ以降、
天使が悪魔に恋をすることはなくなったし、
悪魔が天使に恋をすることもなくなった。
でもこれはきっと永遠ではない。
いつかまた、同じことが繰り返される。
だって神様は永遠の存在を消してしまったのだから。
どこか遠くで、
矛盾している、と誰かが嘆いた気がした。
雲の橋を渡って、
金色の鯉が泳ぐ泉を越える。
仰げば白桃色と白群の混ざり合った空。
見下ろせば白桃色と白群の混ざり合った地。
境界線がない。
「ここはどこ?」
誰も答えてくはくれない。
けれど気付けばそこには看板が一つ。
「理想郷」
看板に向かって話しかける。
「君は生きてるの?」
看板の貼り紙が貼り変わる。
「望まれれば生きる」
「じゃあ生きて」
看板は看板ではなくなり、されど人間とは言い難い、
見知らぬ生命体へと姿を変える。
「君に望まれたから僕は生命体になったよ」
「ああ、嬉しいよ。こんな幻想的な場所、1人で過ごすには寂しすぎる」
「ここは理想郷。君が望む世界に形を変える。君がこの世界の創始者になるんだ」
「随分な大役だ」
「そうかな」
「そうだよ」
「創始者になった君は何を望むの?」
「そうだねまずは空と地に境目をつけよう」
創始者となった彼は、空と地を分けた。
太陽を月を星を吊り下げ、川を泉を海を水を流した。
創始者が描いた生命体は形を様々に変え、
あらゆる個体として理想郷での役割を得た。
「随分と賑やかになったね」
「ああ。あとは彼らが勝手に賑やかにしてくれるさ」
「これが君の望んだ理想郷?」
「ああ。初めてここに訪れた時、ひどく寂しさを覚えたよ。ここで生きる全ての生命にそんな思いはさせたくない」
「随分と創始者みたいになったね」
「僕が、この世界の創始者だからね」
「そっか」
創始者に望まれて生命体へと変化した元看板は、
何故か悲しそうに笑った。
目を瞑って、もう一度開く。
その一瞬で創始者の造った世界は消えた。
創始者すらも消えて、全てが無になった。
元看板にとってそれは特別なことでも何でもない。
元看板は看板へと姿を戻す。
「また上手くいかなかったなぁ、僕の理想郷」
お湯を沸かす。
熱された水は大きな泡をぶくぶくと鳴かせる。
火を止めてポットにお湯を入れ、
それから茶葉を取り出して、ポットに落とす。
茶葉が踊る。
午後の静寂を奏でるように、
静かに、曲線を描いて、くるくると踊る。
透明なお湯に色が着く。
赤のような、茶のような、橙のような、
茶葉がくるくると踊りあって混ざり合った色。
静かになった舞台をくるりとひと回しすれば、
再び茶葉は踊り出す。
透明な場所はどこにも無くなって、
溢れた色は香りとなって踊り続ける。
目を瞑って呼吸をする。
鼻をくすぐる紅茶の香り。
あなた方の踊りに、
わたしの心も踊るのです。
木漏れ日が暖かいこのカフェは、
人と人とが巡り合う場所。
そんな巡り合いを見届ける事ができる
このカウンターの内側を私は気に入っている。
木が軋む音と鈴の音。お客様のご来店だ。
「いらっしゃいませ」
1人のスタッフが制服を着た女子高生らしき2人組を案内した。
その間に私はお冷とカトラリー、
それから飲食店らしからぬ紙とペンを用意して席へと向かう。
「失礼します。こちらに紙とペンを置かせて頂きますね。ご記入頂きましたらスタッフにお声がけください」
女子高生らしき2人組は愛らしい表情で返事をくれた。
この2人も恋をしているんだな、と思った。
このカフェは何故か恋愛成就で有名だ。
始まりは、スタッフのしまい忘れた紙とペンを、
席に常備されたものと勘違いしたお客様が、
その紙とペンで愛を綴り相手に渡したところ、見事恋が実った、なんて出来事だった。
噂はたちまち街へ広がり、いつからか恋愛成就カフェなんて異名がついていた。
「すみません」
「お伺いします」
声をかけられ席へ向かう。女子高生らしき2人組の席だ。
「記入できました」
「ふふ、ありがとうございます。店内の結び木に結ばれますか?それともお持ち帰りされますか?」
恋愛成就カフェに乗り気オーナーは店内に結び木まで用意したのだ。愉快なオーナーだ。
2人は「どうしよっか」「どうしようね」なんて少しのアイコンタクトをとったあとで、持ち帰ることを選択した。
「かしこまりました。そうしましたらここからお好きな封筒をお選びください」
「はーい」
恋をしている2人の女子高生が愛らしくていつもより笑みが溢れてしまう。
1人は淡いピンクの封筒を、もう1人は静かな水色の封筒を選んでいた。
ケーキと紅茶をお供に2人は小声で興奮気味に会話を続けていた。耳を澄ませて見たけれど内容が聞き取れなかったのが残念だ。
日が沈む前に2人はお会計を済ませた。
「お忘れ物はございませんか?」
「はい!ケーキ美味しかったです」
手には封筒がきちんと握られている。
私は扉を開けて2人を見送った。
2人の恋もどうか実りますように。
「ありがとうございました。
カフェあいことば、またのご来店をお待ちしております」