いろ

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1/16/2024, 7:47:50 AM

【この世界は】

 東の空が朝焼けの紫に染まっている。鮮やかな背景の真ん中で、君がしなやかに踊っていた。
 昔だったら大嫌いな朝が来てしまったと、フードを目深に被って目線を逸らしていたのだけれど、君が楽しそうに笑うから、いつまでだって見ていたいと願うようになった。
 太陽が地平線から顔を覗かせる。キラキラと輝くその光に、思わず瞳を細めた。ああ、君と共に生きるこの世界は、こんなにも美しい。そんな自分の単純さが馬鹿馬鹿しくて、だけど何故だか今の自分のことはそれほど嫌いではないのだ。

1/15/2024, 6:40:59 AM

【どうして】

 窓ガラスの向こうを、尾を引いて流れていくネオンの光。頬杖をついてぼんやりとそれを眺めていれば、ポンっとペットボトルが放られた。
「ちょっと、運転集中してよ」
「このくらいでミスるほど下手じゃない」
 運転席でハンドルを握る男は淡々とそう返してくる。手の中のペットボトルのラベルを見れば、僕の好きなメーカーの無糖のストレートティーだった。相変わらずそつがない。文句をつける隙すらなくてちょっとムカつく。
 気もきくし頭も良いし、コミュ力が極端に低いわけでもない。僕なんかの秘書なんかやらなくたって、いくらだって生きていく方法はあるだろうに、どうしてコイツは僕の差し出した手を取って、いまだに僕のそばに立ち続けているのだろう。
(なんて、わざわざ質問するのも腹が立つから、一生聞かないんだろうけどさ)
 少しだけ悔しさを覚えながらペットボトルの蓋を捻り、中の紅茶をごくりと飲み干した。

1/14/2024, 2:23:40 AM

【夢を見てたい】

 真っ暗い会場に浮かび上がるサイリウムの海。ファンの女の子たちの歓声。夢を与える仕事をしておきながら、本当にみんなから夢を見せてもらっているのはいつだって僕のほうなんだ。本当の僕はただの弱くてどこにでもいる人間にすぎなくて、だけどたくさんの愛をくれる人たちがいるから、僕は完全無欠の『アイドル』でいられる。
「いつも応援してくれてありがとう!」
 満面の笑みでマイク越しに叫べば、ひときわ大きな声援があがる。ステージの上で歌を歌いダンスを踊るこの一瞬のために、僕は生きている。
 ああ、もっと。もっとこの夢に溺れされて。ずっとずっとこの夢を見ていたい。煌びやかで美しい、誰からも愛される偶像で永遠にいさせてほしい。そんな決して表には晒せない醜い願いを抱えながら、僕は会場を埋め尽くすファンたちへと大きく手を振った。

1/13/2024, 3:19:06 AM

【ずっとこのまま】

 窓の向こうでザアザアと音を立てて雨が降っている。放課後の教室、傘がないからなんて言って君と二人きり雨が止むのを待っていた。
 会話なんてまともに続かないけれど、君がすぐ隣にいる、ただそれだけで僕の心臓はうるさいくらいに鳴り響く。ああ、ずっとこのまま、雨なんて止まなければいいのに。
 通学カバンの一番底に隠し込んだ折り畳み傘をギュッと握りしめて、そんなことを祈った。

1/12/2024, 8:51:47 AM

【寒さが身に染みて】

 引っ越してきて初めて迎える冬は、やけに冷たく感じられた。地元では滅多に降らない雪が積もった道を、転ばないよう慎重に歩いていく。吐いた息が白く曇天へと上がっていくのを眺めていると、本当に私は異郷の地へ来てしまったのだという実感が湧き上がる。
 寒さが身に染みてコートのポケットに手を突っ込んだ時、何かが入っていることに気がついた。引っ張り出せば存在すらも忘れていた真っ赤な手袋が一組出てくる。
『これ、あげるよ。来年からはもう貸してあげられないし』
 去年の冬、そんなぶっきらぼうなセリフと共に幼馴染から押し付けられた手袋だ。派手好きなアイツとは趣味が合わないものだから、もらったことすらすっかり忘れて着ていたコートのポケットに押し込めていたらしい。
(ばーか。私だって防寒対策くらいちゃんとできるんだから)
 新しく買ったマフラーに顔を埋めつつ、心の中で舌を出した。だけどせっかくの手袋だ、ここはありがたく活用させていただこう。
 赤い手袋に包まれた両手から広がる熱が、全身を覆う寒さを少しだけ和らげてくれたような気がした。

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