【冬晴れ】
降り積もった雪が、太陽の光に照らされて眩しいほどに輝いている。目を細める僕をよそに、君は楽しげに雪原を踏み締めてクルクルと踊っていた。
真冬のこの時期にしか姿を見せることのない、僕の神様。本人は神などと崇めてもらえるような立派な存在ではないと微苦笑を漏らしていたけれど、僕にとって君は疑いようもなく神様だった。
今日と同じ冬晴れの空の下、慈しむように微笑んだ君が、道に迷い泣きじゃくる僕へと手を差し伸べてくれた。あの日の光景を僕は永遠に忘れることはないだろう。
誰よりも愛おしい君の姿を眺めながら、僕はそっと口元を緩めた。
【幸せとは】
波打ち際に足をひたした君が、楽しそうに笑っている。おいでよと手招きする彼女にひらりと手を振って応じ、僕は砂浜から腰を上げた。
ざぶん、ざぶんと音を立てて打ち寄せる波の音が心地良い。君が隣にいるならなおさらだ。差し出された君の手に自分の手をそっと重ねた。
別に幸せになりたくて生きてきたわけじゃない。それでも君が隣で笑ってくれるなら、それだけで幸せだなと思ってしまうんだ。馬鹿みたいな単純さに、自分でも呆れてしまうけれど。
【日の出】
大海が橙色にキラキラと輝いている。空の色も鮮やかに染まり、まるで絵に描かれた世界にでも訪れてしまったみたいだ。まだ暗いうちに僕の家を唐突に訪れ、バイクの後ろに強引に僕を押し込めてここまで連れてきた友人は、無言で海から顔を出す太陽を見つめていた。
何があったのかは知らないし聞き出すつもりもない。君が一人きりで苦しまずに、僕を隣に置いてくれるようになった。それだけでまずは十分だった。
冷たい冬の風が僕たちの頬を打つ。鮮やかな日の出を二人で眺めながら、僕はただ君の手をそっと握りしめた。
【今年の抱負】
正月二日から前触れもなく他人の家へと押し入ってきた幼馴染は、うるさいだけのバラエティ番組をぼんやりと眺めながら、やけに静かな声で口を開いた。
「今年はね、少しだけ本音で喋ってみようと思うんだ」
まったく、いったい何を言っているのやら。口を開けば嘘ばかり、本心を他人に晒したら負けだと思っているようなヤツのくせに。
そんなことを考えながらも、俺は沈黙を保ち、ただ無心で墨を磨り続けた。年明け二日目の午前中に書き初めをするのは、俺の毎年の習慣だ。コイツの訪問ごときで邪魔されてなるものか。
「ちょっと、無視しないでよ。せっかくの今年の抱負なんだから」
勝手に言っていろ。オマエに振り回されないのが、俺の今年の抱負なんだ。どれだけ唇を尖らせたって、今年こそはオマエを甘やかしはしないと決めたのだから。
「……今まで言ったことなかったけど、君が書をする姿勢が好き」
げほり。想定外のセリフに、思わずむせ返った。俺の反応など意に介した様子もなく、オマエは指折り数えていく。
「君の書く文字が好き。墨をする音が好き。君が筆を滑らせるときの、真剣な横顔が好き」
「っ、もうやめろ!」
頬が熱くなっているのが自分でもわかった。そんな俺の反応を見て、オマエは愉快そうに小悪魔めいた笑みを浮かべてみせる。
「言ったでしょ、今年は本音で喋るって」
ああ、くそ。結局俺はいつだって、オマエの気ままさに振り回されてしまうのだ。残念ながら今年も、俺の新年の抱負は叶いそうにない。小学生の頃から絶賛十二連敗中の現実を受け止めて、俺は大きくため息を吐き出した。
【新年】
新しい年の始めには、古びた社へと足を運ぶ。供えるのはみかんと雷おこし。子どものお遣いみたいなラインナップだが、ここの神様はこういうのを好むのだから構うまい。
パンっパンっと打ち鳴らした柏手が、新年の厳かに冷え切った空気を凛と震わせる。かつてであれば「また来たのかい?」なんて楽しげに笑う声が鼓膜を揺らしたけれど、今となっては社は沈黙を保ったままだ。
僕が幼い頃には時折透き通った姿を覗かせてくれた神様が、完全に姿を消してからもう五年になる。もしかしたら既に、信仰を失って消えてしまったのかもしれない。それでも。
「今年もまたよろしくね」
きっとこの声は、この信仰は、届いていると信じて。僕は今年もまた、無人の社へと語りかけた。