いろ

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12/7/2023, 3:18:37 AM

【逆さま】

 猫派と犬派、コーヒー派と紅茶派、甘党と辛党、インドア派とアウトドア派……私たちほど正反対な双子というのも、世間には珍しいのではなかろうか。
 放課後の教室、片割れを含めた友人たちと中身のない雑談を交わしていれば、よく喧嘩しないよねえなんて感心したように言われた。ちらりと片割れと視線を交わす。確かに私たちの趣味嗜好は何一つ噛み合わないけれど、だからと言って喧嘩などするはずもない。窓から差し込む陽光が片割れの横顔を美しく飾り立てるのを見つめながら、私は力強く断言した。
「「だって世界で一番、この子が可愛いんだから」」
 ぴたりと重なった宣言に、友人たちが面白そうに笑い声を上げる。何もかもが逆さまな私たちの、たった一つの共通点。私たちは互いのことを誰よりも愛していて、何だって叶えてあげたいと本心から願うのだ。
 机の下でそっと握り合った手の温もりが、私たちの全てだった。

12/5/2023, 9:50:42 PM

【眠れないほど】

 布団の中でごろりと寝返りを打つ。冴えた目のせいで、寝なければと思うのに思考はグルグルと余計なことを考え続けていた。
 不思議な話だ。コンクールの最終発表会の前日も、アメリカに一人で旅立つ夜も、緊張なんて一切しなかったしいつも通りに寝入れたのに。君と二人で美術館へデートに行くのだというだけで、まさか眠れないほどに心臓がバクバクとうるさく鼓動するだなんて。
 明日はしっかりと君をエスコートできるだろうか。待ち合わせの場所と時間、美術館までの経路、そのあと休憩できそうなカフェの候補……あれだけ調べ尽くしたはずなのに不安でいっぱいだ。
(君がちゃんと楽しんでくれますように)
 君の無垢な笑顔を想像しながら、諦めてもう一度プランを確認するためにベッドサイドのスマホを手に取った。

12/4/2023, 9:54:24 PM

【夢と現実】

 夢と現実の境なんて、あってないようなものだと君は言った。絵に描いたように真っ青な空の下、大きく両手を広げて。
「だって幸せな夢は現実にして、嫌な夢は夢のままにしちゃえば良いだけじゃん!」
 本当に馬鹿な人だ。僕たちの見る夢はそんなに都合の良いものじゃない。望まない夢ほど現実になるし、ずっと浸っていたいほどに幸福な夢ほど簡単に壊れてしまう。遠い昔に神の怒りを買った僕らの種族は、そういう運命を定められている。
 それでも。それでも君が高らかに笑うから。堂々と断言して僕へと手を伸ばすから。
「……そうだね」
 幼子を助けようとして荒れ狂う川に落ち、そうして醜い水死体となった君の姿。夢に見たその光景を夢のままにしておければ良いと、経験上叶うわけもない願いを抱きながら、僕は君の手を取った。

12/3/2023, 9:58:49 PM

【さよならは言わないで】

 桜の蕾がようやく少しだけ色づき始めた、鮮やかな青い空の日。卒業証書を片手に屋上へと登れば、案の定君はフェンスに身を預けてぼんやりと校庭を眺めていた。
「屋上は立ち入り禁止じゃありませんでしたっけ、会長?」
「今さらそれ言う?」
 わざと恭しく畏まった態度で告げれば、ふふっと楽しげに微笑んで君は私を振り返る。一年間、私が副会長として支えてきた生徒会長様は意外と自由人だ。鍵の壊れたこの屋上に入り込んで昼ご飯を食べた回数は片手で足りないくらいだろう。
「君が副会長で良かったよ」
「私も君が会長で、毎日楽しかったよ」
 互いに手を差し伸べ、握り合った。会長は海外の大学へ、私は地元の国立大学へ。これからの私たちの道は交わることはないのだろう。長い人生のうちのたった三年間、同じ教室で肩を並べていた同級生。それが私たちの全てだ。
 さよなら。君が紡ごうとした別れの挨拶を、唇に指を当ててそっと塞いだ。目を瞬かせた君に、にっこりと笑いかける。
「じゃあまたね、会長」
 私の意図を察したのだろう。ふわりと君の纏う清廉な空気が柔らかなものへと変わる。
「うん、またいつか」
 次に会う機会なんてないことは、私も君もわかっている。それでもいつかの約束を交わすことくらいは許されるはずだ。
 さよならは言わないで、私たちはそれぞれの道を生きていく。見上げた青空はそんな私たちを祝福するかのように、晴々しく澄んでいた。

12/2/2023, 11:23:29 PM

【光と闇の狭間で】

 東の空に昇る朝日が、世界を鮮やかに照らし出す。優しい黄色の光に染められた砂浜で、君は楽しそうに鼻歌を口ずさんでいた。その背後でキラキラと、大海原が眩しく輝く。
 防潮林の木陰から、僕はそんな君の姿を見守っていた。茜さす砂浜で君と手を取り合い踊れたなら、どれほど幸福な気持ちになれるだろう。だけど同時に、そんなことをしたら太陽の眩しさに身を灼かれてしまいそうだとも思う。誰とも深く関らず、誰にも愛されず、誰のことも愛さない。それが僕の生き方で、僕の自己防衛方法なのだから。
 君が僕を振り返り大きく手を振る。おいでと誘われているのはわかっていたけれど、気がついていないフリをしてひらひらと手を振り返した。
 真っ暗闇の中に一人で引き篭もれる度胸もなければ、光に包まれた場所で笑う君の隣に立つ覚悟もない。中途半端な僕はこうして光と闇の狭間の場所から、君を眺め続けるのだ。

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