【さよならは言わないで】
桜の蕾がようやく少しだけ色づき始めた、鮮やかな青い空の日。卒業証書を片手に屋上へと登れば、案の定君はフェンスに身を預けてぼんやりと校庭を眺めていた。
「屋上は立ち入り禁止じゃありませんでしたっけ、会長?」
「今さらそれ言う?」
わざと恭しく畏まった態度で告げれば、ふふっと楽しげに微笑んで君は私を振り返る。一年間、私が副会長として支えてきた生徒会長様は意外と自由人だ。鍵の壊れたこの屋上に入り込んで昼ご飯を食べた回数は片手で足りないくらいだろう。
「君が副会長で良かったよ」
「私も君が会長で、毎日楽しかったよ」
互いに手を差し伸べ、握り合った。会長は海外の大学へ、私は地元の国立大学へ。これからの私たちの道は交わることはないのだろう。長い人生のうちのたった三年間、同じ教室で肩を並べていた同級生。それが私たちの全てだ。
さよなら。君が紡ごうとした別れの挨拶を、唇に指を当ててそっと塞いだ。目を瞬かせた君に、にっこりと笑いかける。
「じゃあまたね、会長」
私の意図を察したのだろう。ふわりと君の纏う清廉な空気が柔らかなものへと変わる。
「うん、またいつか」
次に会う機会なんてないことは、私も君もわかっている。それでもいつかの約束を交わすことくらいは許されるはずだ。
さよならは言わないで、私たちはそれぞれの道を生きていく。見上げた青空はそんな私たちを祝福するかのように、晴々しく澄んでいた。
12/3/2023, 9:58:49 PM