彼女との出会いは、大学のワンダーフォーゲル部だった。大学時代は勉学よりワンダーフォーゲルに明け暮れていた。
そんな登山の2日目の朝はいつも、山の頂から差し込む光に、思わず僕たちは息をのんだものだった。
生まれたての朝日が、東の空から世界を金色に染め上げ輝いていて、すべてが眩しく、世界も未来も何もかもが僕たちのものかと思えた。
あのとき、僕たちは20歳で高鳴る恋をしてた。
でも社会に出た僕たちは、もう20歳ではない。
世界が自分たちだけで回っていないことを知ってしまった。金色の光だけでは語れない、複雑な現実も見えてくる。日々の中で次第に、かつての輝きが薄れていく。
心を洗いたくなって、僕は彼女を山登りに誘った。
また朝日を見に行こう。
二人で見た東の空の日の出は、あの頃と同じくやはり心を打つ美しさだった。
そして、ふと西の空に目をやると、ぼんやりと白く月が浮かんでいる。月を見て、なんだか忘れかけていた恋心を静かに思い出した。
僕たちは、東も西も同じ方向を見つめ、これからのことも信じてみようと思った。
「Sunrise 」
空に溶けていく。
いつまで経っても暮れない時の中、紅色の空が広がっている。
君との恋も、いつまでも暮れないものだったら良かったのに、君は遠く月の海へと帰ってしまった。
だから僕は、君を探すため紅色の鳥になったんだ。
ひたすら飛び続けるけど、ここには夜が来ないから、月の光は僕の目には映らない。
君を見つけることができなくて、切なさだけが紅の空に渦巻いている。
僕は月を想い、ただ待ち続けるしかないんだ。
「空に溶ける」
☆"暮れない"と"紅(くれない)"の掛けことば
小学校の卒業式の日、20年後の再会を約束し、タイムカプセルに手紙を入れた。
あれから時は経ち忘れていた頃に同窓会の連絡が来た。
みんなとの再会、思い出の小学校、そしてタイムカプセルの中の手紙。何を書いたんだっけ。
ワクワクしながら埋めた場所にみんなで向かった。
缶を開けると、20年前の自分の手紙が現れた。
そこには
「20年まって」とだけ書かれていた。
なんだ、これ。
シンプルすぎるじゃん。
当時の僕は、いったい何を思っていたのかな。
きっと、その時は意味がなかったのだろう。
でもその答えは、この20年を振り返って見つけろということなのかもしれない。
「まって」
僕は藍。
君は、僕の花の色を知っているかい。僕は、純白に咲くことだって出来た。やわらかな風に吹かれて、無邪気に揺れていたかもしれないんだ。でもその白さを纏う前に摘まれて、僕は君の藍染の帽子になることが出来た。
おかげで、ただ風に揺られてだけでなく、君が連れていってくれる未知の世界に幸せを感じている。
君の青になってから、空を仰ぐたびそう思う。
これからも、まだ知らない新しい地平線を見てみたいよ。
僕は、青空より深い藍。
「まだ知らない世界」
西鳩シェフは、一等地の三ツ星レストラン"フェデトワール"で、料理長を長年務めてきた。卓越した料理の知識、技術、センスを備え、温厚な人柄で弟子たちからも尊敬されていた。
ある日、寝癖頭の弟子が
「シェフ、次の世界的料理人に贈られるキュイジーヌグランドール賞を狙いましょう」と言った。
その時、西鳩シェフは
「賞のために料理をしてるんじゃない」と答え、弟子の寝癖頭にイライラして、ついフライパンで弟子の頭をこづいてしまった。
弟子の頭からチカチカした星が3個出た。
このことで、西鳩シェフは弟子に訴えられ、ニュースにも取り上げられた。
そして、西鳩シェフはフェデトワールを自ら辞めることを決意した。
その後、西鳩シェフは地元に小さな家庭的ビストロを開店した。良心的な価格設定で、評判はすぐに広まり、半年前からの予約が必要なほど繁盛した。
かつてのフェデトワールの弟子の中から2人が、彼のもとで働きたいと願い出て、彼らは西鳩シェフの教えを受け継ぎ、特に寝癖には注意を払った。
こんな西鳩シェフは、以前よりも充実した毎日を送っている。星なんていらないものだなと感じている。
「手放す勇気」