学生だった頃、僕はある選択について悩んでいた。その時、頭上に「君が道に迷った時は左を選べ」という言葉がハラリと降ってきたんだ。僕はその言葉を恩寵のひとひらかと信じたよ。
そしてそれ以来、決断を迫られるたびに、いつも左の道を選び続けた。
だけど、最近になって気づいたんだ。実は、僕が選びたいものを、自らの手でいつも左側に置いていたってことにね。
つまり、僕は最初から自分自身で決定をしていたというわけだ。
そう考えると恩寵でも何でもない。僕はただ自分が選んだ道を歩いていただけだったのさ。
「ひとひら」
少女は、色の無い青い風景の中、ひとりそぞろ歩いていた。少女は、目的の無い意味を求めている。反響することの無い音のように、漠然とした心は乳白色に塗られていた。
どこからか風がやってきて、やがて少女も恋を知る。
色が無かった青い風景は、赤く煌めきを帯びていった。心は透明に晴れ、世界は鮮やかな色を帯び始める。少女の目的と意味が明確に繋がっていく。
こうして少女は大人になり、無色の青を忘れ去っていく。
「風景」
発明家が夢博士に尋ねた。
「僕は夢と現実の境界が曖昧になってしまったんです。今が本当に現実なのかどうか、どうすればわかるでしょうか?」
夢博士はゆっくりと答えた。
「それはとても簡単なことだ。もし君がまったく知らない真新しい出来事に遭遇したら、それは間違いなく現実だ。夢の中で見るのは、いつも知っていることばかりだからね。未知の出来事は夢の中では起こらないのさ」
発明家は
「ということは、夢の中で新しい発明をすることなど無いということですね」
と少しがっかりしてため息をついた。
夢博士は言った。
「そうだ。結局そんなことは夢なのだよ」
「夢へ!」
再会の日、君は春の空を見上げていた。僕は君の横顔を眺めた。君の耳元で揺れる真珠が、少しの間、時を忘れさせる。
挨拶の言葉も交わさずに、そのままでいた。
でも、空の色は変わらず、期待と失望が無言の中で淡く消えそうになる。
君は僕を見つめ返した。僕は真珠から視線を離し、やっと口を開いた。
「やぁ、元気だった?」
「元気よ。あなたも?」
「うん、いろいろあったけど」
そして、空は桜の花びらで色づき始めた。
「元気かな」
彼女は17番カラー「遠い約束」と名付けられたリップを塗り直した。その色は、心を映すみたいに、付ける人の体温でほんのりと神秘的に変化していく。
「約束…」
鏡の自分をじっと見つめる。思考が取り留めもなく流れてくる。
あの約束は、遠くに行ってしまったのかな。その約束を果たすための努力には意味があるのかしら。
可能性の問題かもしれない。
何度も頭の中で考えめぐらし、思考だけでは何も見えてこないことに気づいた。
意識して口角を上げ、鏡の中に笑顔を作る。リップの色が可愛い。
それから、リップをポーチの中にしまい、約束を信じてみようと決めた。
「遠い約束」