あれから二人で電車に乗って、遠くの街へ来た。電車から降りたとき、君は少し不安そうだった。
「少し、こわいかもしれないけれど、たまには別のことをしてみるのも悪くないよ。」
道を踏み外したり、慣れないことをするのにとても恐怖があるのだろう。眉間の皺が濃くなる。
「そうかしら?……いつものわたしが間違ってるって言うの?」
私たちをここまで乗せた電車は次の駅へと出発した。訝しげな目を向ける彼女の眉間を指で伸ばす。
「そうじゃないよ。ただ普段しないことを試してみてさ、それが君に合うかもしれないじゃない?」
少し、表情が崩れた。きっと、試すということも、あまり好きじゃないだろうな。君はいつだって本気だから。
「試してみる……ね……。」
「そう、それくらい気楽に受け取って欲しいけど……。そうやってまっすぐ受け取る君も、とても真摯で私は良いなと思ってるよ。」
私が彼女のそういうところが好きだからこそ、無理はしてほしくない。その素敵なところが彼女自身を追い詰めることにはなってほしくない。
「だから、そうあり続ける君は強くて美しいけれど、もし負担があるならひと休みして、また君らしい強さが見られたらいいなと思ってる。」
「変な人。」
柔らかい、でもまだ憂鬱との間を行き来するような曖昧な笑みで私を見る。
「そうかもね。」
期待と不安とは別に、彼女がどうありたいかを尊重したい。
「とりあえず歩こうか。何がしたい?」
駅のホームから改札を通って、知らない街を歩き始めた。
「現実逃避してたって、意味ないでしょ。」
疲れからか顔色が悪い彼女に気分転換を申し出た。
「そんなことないと思うけどな。」
「どうして?」
心底不思議そうな顔をしていた。どうやらほんとうに思いもよらなかったらしい。
「一旦心を休めたら、頭を切り替えられる気がしない?私はいつもどうしようもなくなったら、そうしてる。」
「わたしとあなたは違うわ。」
確かに、彼女には意味はないかもしれない。しかしその表情は寂しそうに見えた。
「……そうだね。」
「でも、ただ同じことを考え続けるよりは、一旦止めたほうが効率はいいかもね。」
意外だった。頑なな彼女だから私の提案には乗らないだろうと思っていた。それでも気に掛けていたいのだけれど。
「うん、じゃあ電車に乗って少し遠くへ行かない?」
きっと、ひとりより誰かといたほうが嫌なことは忘れられるだろうと思う。
「そうね、たまにはそういうのも悪くないかもしれないわ。」
一緒に、少しだけ非日常へ向かう。帰ってくるために。
「君は今、さみしいんじゃないの?」
そう言われても、その実感はなかった。ただ、とても腑に落ちた感じがした。
ここ最近妙に胸騒ぎがして、自分の周りを見ていると変な焦りがあった。とてつもない不安と憂鬱に襲われることもあった。
これって、孤独か。
「さみしかった、のかな。」
いつの間にか、自分の中のその感情を打ち消そうとしていたのかもしれない。こういうものだって。
誰だって変わっていくものだ。親しかった人たちとの距離感だって、親密さだって、変わる。離れていく人、もっと馬が合う相手を見つける人、疎遠だったけど前よりもっと近くなる人。
そういう人間との関係に疲れて、できるだけ俯瞰して見るようになっていた。そうすると気がつけば人と関わることが怖くなっていたんだ。
大きな交差点で、誰とも目が合わず、まるで自分が透明になったかのような孤独。
「大丈夫。僕は君を見てるよ。」
思わず喉にこみ上げるものがあった。嬉しさと優越感と、同時に臆病な自分を知った屈辱。でもその言葉はずっと、心から望んでいたものだったように思う。
自分のことを見てくれる存在。自分はここにいる。
ずっと頭にもやがかかってる。何をするにも気が重くて、楽しいとか嬉しいとか思ってもどこか鬱屈としてる。
自分とその先に対する漠然とした不安。気が遠くなるような孤独と諦め。
他の人だって条件は同じでしょ?みんなこんなもんだと思って、特に人に話したことはない。怖いだけかもしれない。自分だけだったらどうしようって。
「また会おうね。」
君が僕に微笑んでかける言葉は、物憂げな空から覗く夕焼けのようだ。
晴れなくたって雲の合間に日が射せば、少しくらいは前が見えるかな。
やりたいこともなく、ただ淡々と過ごす日々を気に入りながらも、言いようのない虚脱感がある。
仕事の帰り道、立ち寄ったホームセンター。土も水もなく、ただそこに植物だけがあった。
エアプランツというらしい。根も張らず、水もほんの少しだけでいいそうだ。
「なんか、オレみたい。」
自分でもよくわからず、そう声に出していた。でもこれも小さな命、なんだ。
近くにあった透明な容器と、目についたエアプランツを手に取って、レジに並ぶ。
なんだか少し、明日が楽しみになった。