「ずっとこのまま」
十月三日 四時三十分
「今まで、ありがとな」
待ってくれ。また、また俺はお前を失うのか?ユウの姿が視界から消える。反射的に手を伸ばす。届かない。遅れてドサッと下で鈍い音がする。あぁ、まただ。また救えなかった。今回は飛び降りか。この世には命を失う要素が多すぎる。交通事故で、病気で、通り魔に刺されて、自殺で…。これらから一人の人間を守るのは、こんなにも難しい。次だ。次こそは生かしてみせる。
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今日は八月三日。…残り六十一日。
いつも通り玄関のインターホンが鳴る。
「おーい、学校行こーぜー」
耳にタコができるほど聞いた呼びかけに短い返事で応答する。玄関を開けると太陽と見間違えるほどの眩しい笑顔と、喉にメガホンが入っているのではないかと疑うほどの声量の持ち主。後藤ユウが立っている。
「おはよーさん!お?今日はご機嫌n…」
『斜めじゃねぇよ』
このやりとりは何回目だろうか。数えるのも、とっくの昔に止めてしまった。いつもの通学路、いつもの景色、いつもの会話。
『おい足元、気をつけろよ。』
言っても無駄なことはわかっている。
どうせ此奴は、
「え?…わわ!!」
いつもここで転ぶのだから。ほんと、変わんねぇな。…変わらないままで居てくれたらいいのに。
いつも通り日々が過ぎていく。此奴との変わらない日々が静かに消費されていく…。
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十月三日。今度こそ、終わらせる。
玄関のインターホンが鳴る。
「おーい。学校行こーz」
『うるせぇ』
それでも扉を開ける。ユウはいつも通りのその顔で立っていた。学校では特に何も起こらなかった。授業中の居眠りも、休み時間のバカ笑いも…。全部知っている光景だ。
放課後。
いつも通りなら、今日の放課後。ユウは部活を休む。今回はここで選ぶ選択を変えてみることにした。
『なぁ、今日一緒に帰らね?』
「え?珍しいな。お前、いつも部活休まないじゃん。あ!もしや、いつも俺が部活休んで遊んでるの、羨ましくなっちゃった?そっかそっかー!んもー。なかなか言い出せなかったんだね?!そんなに俺と居たいか!そうかそうか!」
相変わらずよく回る口だ。聞くだけで疲れる。それでも、今日はそれがありがたかった。
二人での帰り道。たくさんの寄り道をした。
『今日はお前の家まで送ってくよ』
どうしても、そのまま解散というわけにはいかなかった。絶対に此奴を家まで返さねば。一度帰宅してしまえばきっと…。
「え?!お前、ほんと今日はどうしたんだよ。やけに優しくね?はっ!もしやここで借りを作って今度何か要求してくるとか…?!その手には乗らんぞ!お前に借りを作っていい試しがない!」
此奴…。まぁ、その点については否定しないが…。だが、今回は別だ何が何でも一緒に帰る。そう言ってせがめば、なんだかんだ一緒に帰ってくれることになった。絶対に此奴を一人にさせるわけにはいかない。
夕方の空がいつもより一段と赤い。
ユウが急に立ち止まる。
「なぁ」
いつもより声が低い。
「今日さ…」
続きを聞きたくなかった。聞かなければまだ一緒にいられる気がして。
『帰るぞ』
強く言ったつもりだった。けれど、ユウは笑って
「ありがとな!楽しかった!」
少しホッとした。想像していた言葉よりも全然軽かった。
『あぁそうかよ』
二人でまた歩き出す。今回は、うまく行った。五時四十分。最高記録だ。今、ユウは過去で1番長く生きている。成功、でいいのか。ユウを家に送ってから自分も帰路に着く。そして初めて十月三日の就寝についた。
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翌日、ユウが死んだことを告げられた。詳しくは聞かなかった。聞く必要がなかった。盲点だった。別に家出だって死ぬことはできるのだ。あぁ、またダメだった。今回は俺の見ていないところで。守るなら、そばにいるだけでは足りないらしい。
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八月三日。
「おーい、学校行こーぜー!」
もう、このままでいいかもしれない。どんなに足掻いても此奴が死ぬのなら。運命という言葉でしか説明できないものがあるのなら。この二ヶ月間を永遠と彷徨ったって。ずっと、このまま。
「冬晴れ」
冬の散歩が好きだ。
どの季節より空気が透き通っていて、景色がいつもより綺麗に見える。晴れている日は一段と寒さが増すが、それがいい。息を吸い込めばその冷たさが胸の奥まで流れ込んでくる。吐いた息は白く、フッフッと短く吐くのも長く細くフーっと吐いて眺めるのも楽しい。歩きながら何度も息を吐いては、すぐに消えていくのを目で追ってしまう。何となく子どもに戻った気分だ。
別に喉が渇いたわけではないが、自販機を見つけると温かい飲み物を買いたくなる。小さめの缶を選んでポケットの中に入れると、じわぁっと温かさが広がっていく。ポケットに手を突っ込んで、その感触を確かめながら歩くのもいい。
公園にふらっと立ち寄ってベンチに座ろうかと思ったけれど、座面に残った霜がまだ溶け切っていないのを見つけてそのまま通り過ぎることにした。
今日は冬晴れだ。空を見上げると、自然と足取りも軽くなった。
今年の抱負
今年の抱負は書店を訪れる頻度を増やすことですね。
自分、江戸川乱歩さんの作品が大好きなんです。
書店で見つけるたびに購入し、読み進めてきたのですが、最近はまだ読んだことのない作品に出会えていません。もしかすると、もうすべて読み尽くしてしまったのだろうかと思いながら、それでもまだ見ぬ作品を求めて書店を巡っています。
見つからない間は、もう二〜三周目になりますが、乱歩さんの小説を読み返しながら気長に待とうと思います。
乱歩さんがこの世にいらっしゃらない以上、もう二度と新作が連載されないことを思うと、とても悔やまれます。
乱歩さんが生きていた時代を自分も同じように生きて、乱歩さんの連載を心待ちにしてみたかったな、なんて度々思います。
みなさんは、同じ時を生きてみたかったと思う方はいらっしゃいますか?
「新年」
目が覚める。昨晩は除夜の鐘が鳴るまでなんとか意識を保っていたものの、年を越した途端に糸が切れたように眠ってしまったことを思い出した。しばらく布団の中で眠気と葛藤してからベッドから下り、まだ目覚めきらない体を引きずるように洗面台へ向かい顔を洗う。頭を上げれば、いつもと何ひとつ変わらない自分の姿がそこには映っていて、そんな自分を鼻で笑うようにふっと笑みをつくる。リビングのソファーに倒れ込むように座りスマホを確認する。ロック画面には夥しい数のLINEの通知が入っていた。機械的に指を動かし、定型文をなぞるように返信していく。新年だというのに、これと言って変わったこともない。ただ昨日の延長線上の今日があるだけだった。新しい年が始まったはずなのに、大きな節目だとわかっていても、「だからなんだ」と思ってしまう自分がいる。今日も実感が湧かないまま、ずるずると一日が終わっていく。
「星に包まれて」
私は毎晩夜空を眺めることが日課だ。山奥に住んでいるため、辺りには家がない。街灯もほとんどなく、邪魔な光は一切ない。私はこの時間が大好きだ。嫌なことがあっても、どんなに心が乱れていても、夜空を見上げれば、いつも宇宙が広がっていた。それを見ていると気持ちがスゥっと軽くなり、とても心地よい。今日も今日とて外に出る。広い芝生の庭の真ん中に身を投げ出して、星を眺めた。いつもは綺麗だと思うその景色が
、今日はなぜだか違和感があった。……気持ち悪い。硝子を撒き散らしたような混沌が、そこにはあった。しかし、星の配置が変わったわけではない。何年も見続けてきた夜空だ。星座の位置も、星々の輝き方も、何一つ変わっていない。それなのに、今目に映る星たちは、勝手な場所で光り、互いを顧みることもない。私はようやく気づいた。秩序をなくしていたのは夜空ではなく、私の心だった。