「逆光」
僕は負の感情で頭がいっぱいな時に、一番生きている実感が湧く。エネルギーが、体の奥から満ちてくるからだ。
それに、幸せな時間ほど記憶に残らない。
幸せな時間があるからこそ負の感情が生まれるのに。
幸せになりたいから苦しむのに。
――おかしな話だ。
幸せな時間を何かに例えるなら、それは「光」だろう。
明るくて、眩しくて、温かい。
それゆえに、直視できない。
だから僕は、その光によって生み出された「影」を見つめて生きている。
「タイムマシーン」
もし、会いたい人に会えるタイムマシーンがあったなら。
同じ時を呼吸し、明日の行方に一喜一憂する。そんな「今」を生きる人たちが、時折ひどく眩しく見える。私の心は今、ここにない。八十年という歳月の彼方に、ぽつんと置き去りにされているのだ。
その人の名を思うたび、喉の奥がわずかに詰まり、胸が内側から締め付けられる。けれど私は知っている。その人がどんな道を歩み、どこで生涯を終えたのかを。すでに閉じられた結末をなぞるだけの追慕に、未来への期待は最初から存在しない。私は、彼の生きた声を知らない。言葉を選ぶときの沈黙も、眼差しが揺れる瞬間も知らない。ただ、記録と想像の中で、その人を想うしかない。
もし一度きりでも、同じ空気を吸うことができたなら。
同じ時代の重さを、同じ温度で感じることができたなら。
私は、今よりもずっと、自分の「生」を愛せたかもしれない。
「美しい」
「人はそれぞれ感じ方が違う」とよく言われますが、私は周りとは、少し違い過ぎているのではないかと、疑わずにはいられないのです。人は、宝石や空や海を見て、立ち止まり、息を呑みます。そして、人の顔を前にして声をひそめます。私にはそれらが、床に落ちたジャムのような、身の毛がよだつほど不快で、ひどく無機質なものに見えてならないのです。
「へぇ、君はいつコントラリアンになったんだい?」
そう言う人もいるでしょう。しかし、これは私の心の内なのです。人々が同じ方向を見て頷く、その空気の輪郭を、私は掴むことができません。近づけば壊れてしまう気がして、薄氷を踏む気持ちでいつもオドオドしなければなりません。
…美しい
その言葉によって、深く、修復しようもなく傷つくものも、あるのです。
「どうして」
僕の目の前で彼はいなくなった。僕は彼に何も言えなかった。 今までで一番穏やかで、安心したようなその顔に、見惚れてしまったから。綺麗だと、そう思ってしまったから。
僕は死ぬのが怖い。死を体験したことがないくせに。死とは何かも知らないくせに。死が視界に入るだけで、体が強張る。どんなに苦しくても、どんなに逃げたくても、生きてしまう。生きようとしてしまう。恐ろしいはずの「それ」を、全て知っているような彼が羨ましかった。それと同時に、僕の知らない世界を見つめる彼を理解することはできなかった。だが、あんなにも綺麗な顔をされては、苦しさを先延ばしにしてまで生きようとする自分が、滑稽に思えてくる。彼は、どんな世界を観ていたんだろう。もうその答えを知る由もない。彼は僕の知らない世界を独り占めにして、去っていった。
これじゃあ、勝ち逃げじゃないか。
「夢を見てたい」
この世界はモノクロだ。色がまるでない。
朝、目を覚ませばいつもの天井があって、体を起こせば見慣れた部屋がある。決まり切った手順で身支度を整え仕事へ向かう。それなりに作業をこなして、また同じ部屋へ帰ってくる。ただそれだけの一日。まるで歯車のように規則的に、決められた動きを繰り返す。すれ違う人々も、新しく上映された映画も、会社の友人でさえ、私の心を揺らすことはない。「想定内」その一言で終わってしまう。この世界には意外性というものが欠けている。否、世界というプログラムにはぎ落とされてしまったのかもしれない。だから私は夢を見る。私は夢で毎日違う人間になる。ある日は冒険家で自由気ままに旅をする。またある日は学生として机に向かう。魔法を操り、重力に囚われず空を自由に飛翔する日もある。その時間だけは、世界に色がある。何万通りもの人生を、夢の中で生きることができるのだ。けれど夢は永遠ではない。終わりが近づくと、決まって空を飛べなくなる。自由は少しずつ奪われ、現実が私を地上へ引き戻す。そして目が覚める。そこにあるのは色のない朝と歯車が回り出す音だけだ。江戸川乱歩は「現世は夢 夜の夢こそまこと」という名言を残している。夢の中にこそ、変わり映えのない世界に埋もれた本当の自分がいるのかもしれない。
だから私は、せめて眠っている間だけでも、夢を見てたい。