kamo

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5/11/2023, 4:51:58 PM

25 愛を叫ぶ


7月は、愛を叫ぶ月間になった。

夏期商戦が本格化する前の七月頭に、何か話題になるイベントをやってほしい。
本社からそういうお達しがあったらしく、我がマルミツ百貨店では「愛を叫ぼう!七夕フェア」をやることにした。織姫と彦星が会えるのは年に一度。そりゃあお行儀のよい逢瀬とばかりはいかず、出会い頭に「会いたかった!」と叫ぶようなこともあるだろう。プラネタリウムを模した小さな消音ドームに入り、おもいっきり愛を叫ぶと会計が割引きになるクーポンがもらえる。
星空に向かっての絶叫を動画に撮ってバズらせるカップルなども多く、反響は上々だった。
ちなみにこの割引、別に恋人への愛を叫ぶ必要はない。
「真子ちゃん激推し!来月ライブ行くから!!」
「お母さんいつもありがとう!!!」
「明日香!!ズッ友だよ!」 
「ポチ!長生きしてね!!!」
「ソーエイスタジオの新作ゲームが速く出ますように!」
いやはや、世の中にはいろいろな愛があるものだ。
もはや何でもアリの様相になってきた絶叫キャンペーンで、店員の私はドーム越しの愛を何十と観測した。みんな、思い切り叫ぶとすっきりした顔で出てきて、クーポンを笑って受けとる。
織姫と彦星が見たら商業主義ここに極まれりと嘆くかもしれない。だけどこんな七夕も、なかなかよいと思うのだった。

5/11/2023, 9:25:50 AM

24 モンシロチョウ   


モンシロチョウは好きだけど、青虫は嫌いなの

それが母の口癖でした。
健康のために穴だらけの無農薬キャベツを買ってきては、うぞうぞと出てくる青虫をそれはそれは嫌な顔でティッシュで潰して捨てていた。私はそのキャベツが嫌いでした。まるで虫たちに栄養を吸われてしまったように、苦いだけのスカスカした味しかしなかった。それを大地の恵みの味だという母親とは、気が合わないとずっと感じていたんです。私の容姿が良くないことをよく「大切なのは中身よ」と慰めてくれましたが、あのキャベツは見た目ばかりでなく、中身である味さえも悪かった。だいいち、お母さんはモンシロチョウが好きなのにアオムシは潰すじゃないか。それは見た目が良くないからではないの?子供なりに、そんなことを考えてもいたんです。


私は20歳のころ、就活に備えて整形をしました。
美しくなった自分を鏡で見るのは楽しく、実際に大手に内定も取れた。母に? 言いませんでした。事後報告です。結果としては大変に泣いて暴れて「軽薄」と罵られ、その頃から、彼女とは疎遠になっています。母が所属していた「大自然の免疫と健康食の会」も、正直狂信者の集まりのようにしか見えませんでしたし、距離を置きたかった。
ですから、母の死についても何も知りません。明らかに流行りの感染症の症状がでているのに、海草や漢方薬を煎じたお風呂につかって、そのまま亡くなって体が溶けた。よくある話…ではないのかもしれませんが、自然の恵みへの信仰に殉じすぎる人というのは、いつの世も一定数いるものでしょう。溶けた母の体は、状態がひどすぎて確認ができませんでした。青虫とどちらが美しかったのでしょうね? などと言ってはあんまりですが、私はあまり、母がかわいそうだとも思わないんです。私が鏡の中の美しくなった自分を見て感じるのと同じ幸福感を、お風呂でゆだりながら、母も感じていたのではないかと思うからです。

何に幸せを感じるどう生きるかなんて、母娘であっても重ならないものですよ。私は、そんなものだと思います。ただ今でも、公園などでひらひらと飛んでいるモンシロチョウを見ると、母の口癖を思い出すんです。完全な他人には絶対になれない。これもまた「そんなもの」だと思います。母については、以上です。

5/10/2023, 9:59:34 AM

23 忘れられない、いつまでも

子供のころ、近所にあった小さなタコ焼き屋に通っていた。味はよくないけど、三個150円という安さにつられて、よくたまり場にしていた。店主はまあやる気のないおじさんで、鉄板にタコ焼きを放置したまま競馬の実況を聞いていた。万馬券を当てたらこんな店はすぐにでも畳んでやる、というのが口ぐせで、しかし当たる気配もなく、ぶつぶつ言いながらタコ焼きを焼いていた。
ある日店から「いーーよっしゃーーー」という声が聞こえ、それは本当に歓喜というかなんというか、ただ事ではない叫び声で、おっちゃんついに万馬券当てたんか!と思って店に駆け込んだら、店主はお客を無視して高笑いで踊り狂っていた。本当にすごい馬券を当てたんだ、この店なくなっちゃうのかな、と子供たちはしょんぼりした。
結論から言えばその競走は騎手の走行違反で無効競走になり、タコ焼き屋は二十年たった今も営業している。相変わらず、特には旨くない。最近は200円に値上げもした。ただあの「いーーよっしゃーーー」という叫びだけは、今も何故か忘れられず、子供だった僕らの胸に焼き付いているのだった。

5/9/2023, 9:59:26 AM

22 一年後


一年後にはマイナス10キロ!と思っていたのに、今日という日を迎えたらプラス4キロでした。結婚式までに痩せられなくてごめんね。と控え室で夫になる人に謝ったら、彼も五キロ太っていました。二人のふたつめの共同作業はダイエットです。ということで今日まで支えてくれた皆さん、ご列席ありがとう。そちらの応援もよろしくお願いします。

5/8/2023, 8:04:46 AM

21初恋の日


初恋の電車が引退するので、その姿を一目見に来た。
比喩じゃない。私は電車に恋をしていた。
柔らかさと鋭さを兼ね備えた流線型のボディ、晴れた日の海みたいな深い青。ちょっと甘えん坊にも見える丸い窓。
見た目だけじゃなく乗り心地もだ。シートピッチも角度も、揺られているときの幸福感も。何もかも最高だった。
引退セレモニーは粛々と進んでいく。
私の初恋の相手は、大きな湾をぐるりとすすんで、そのままもう戻らない。
今日は快晴だ。晴れてよかったな。鼻をすすると、駅のすすけた匂いと、微かな潮の香りがした。

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