20 明日世界がなくなるとしたら、何を願おう
あした、僕の町に隕石が落ちる。
世界がなくなったあとにもワンチャン存在を誇示したい気がして、片っ端から本を読んで方法を考えた。
氷河期から残ってるマンモスの死骸、長いこと姿の変わらないシーラカンス、エジプトから出てくるミイラに、縄文時代の土偶、骨が炭化したダイヤモンド、鍾乳洞でしたたり続ける水。
果たして土に埋まるべきなのか、水に浸かるべきなのか、棺に寝るべきなのか、氷に張り付くべきなのか、洞窟に入るべきなのか。
結局よく分からなかったので、冷蔵庫にハマってみた。狭くてひんやりしていて、とても落ち着く。このまま目を閉じて、穏やかにコールドスリープに入れればいいのに。
まあとりあえず、からだを丸めて、静かに終わりを待つ。干からびた玉ねぎと霜がまじりあったような、冷蔵庫の匂いがする。普段からもっと、綺麗に掃除しておけばよかったな。
19君と出会ってから、私は…
君と出会ってから、人生が輝きはじめた。
色とりどりの風船を持って駆ける子供みたいに、僕は最近、素直に笑っていると思う。
だれか他の人間が転んでしまったら、慈悲の笑みを。
彼がまた走り出せたら心からの拍手を。
僕は、いや僕らは優しくなり、世界を鮮やかなフィルターを通して見られるようになった。
人生は楽しい。
あれもこれも何もかも、本当に全て、君のおかけだ。
ありがとう。今日も君へ最大限の感謝を。
僕は今日も祈るよ。君の魂が宿った、小さなツボに。
このツボに祈ると力が沸いてくる。こんど、両親の分も買う予定なんだ。
家族の人生が、僕のそれと同じように輝く。それはなんと素晴らしいことだろうね!!
18 大地に寝転び雲が流れる… 目を閉じて浮かんできたのはどんなお話?
この島で一番雲に近いのは、うちの民宿の屋上だ。村役場と中学が二階建てでうちが三階建てっていう、非常にレベルの低い争いだけど。
ちなみに中学の生徒は一学年七人しかいない。高校進学か卒業の時にだいたいみんな、島を出て下宿する。
「私は絶対、明裕に受かるんだから。それでこんなとこは出ていくの」
単語帖をめくって、幼馴染の渚がつぶやく。漁師の娘のくせに頭がいい、と言われてしまうこの島を、渚はとてもとても嫌っている。だから勉強して、出ていくらしい。
俺のほうは船で本島の高校行きながら父親の漁船と母親の民宿手伝ってどっちか継ぐつもりだから、勉強は適当にしかやってない。人生はそんなもんでいいんじゃないかと思っている。魚とって料理して出せば生計立つわけだし。俺が継がないと廃業だし。
だから渚も似たような感じで行くのかと思ってたけど、どうやら違うらしい。本土にある頭いい学校に受かったら、親戚が衣食住の面倒見るよと言ってくれたようで、最近猛勉強している。
島には図書館も喫茶店もなく、渚の家には正午過ぎから夕暮れまで飲んだくれのおっちゃん達がいる。公園のベンチで勉強してると漁師の娘のくせにと陰口をたたかれる。
だから渚にとって一番勉強にいい環境は、うちの屋上だ。海と山がくっきりとよく見え、宿泊客用のシーツと布団カバーが干されて翻っている。トロ箱を積み上げたものにノートを広げて、ずっとガリ勉していた。こののどかでしみったれた風景の中で、人生をかけた戦いというものをしているんだろう。きっと。
港のおっちゃんにもらったタバコに火をつけた。俺が屋上に上がるのは、こっそりと喫煙したいからだ。
「あっまた吸ってる! 中学生なのに」
「いいんだよ、大人公認だから」
「離れて吸ってよ、臭い付けて帰ったら怒られちゃう」
「怒らないんじゃね? おじさんって放任じゃん。むしろ喜んだりして」
「そういうのは放任じゃなくて非常識っていうの」
渚は深い深い溜息をついた。感じ悪い態度だが、これでも初日はきちんと、俺に頼んできたのだ「落ち着いて勉強できる場所がないから、ここを使わせてほしい」と、真剣な顔で。ダメとは言えなかった。うちの親はたぶん、渚と俺がここでいちゃいちゃしているんだと思っている。渚の親も、いっそ俺と出来上がってしまえば島にとどまってくれるとか、そういう期待をしてなくもないと思う。だからうるさく言わない。俺だってまったく期待してないかと言えばうそになる。勉強は邪魔したくないし、渚に受かってほしい。でもなんか、やっぱさみしい。好きとかじゃないけど。いやもしかしたら好きなのかもしれないけど。でもそれってあまりにも手近すぎるんだよなぁ。
そういうもろもろをすっぱぁ、と深々吸った煙に乗せるようにして吐き出した。
もう、とまたため息をついて、渚が勉強を再開する。高い空の高い雲に向かって、煙が登っていく。タバコでくらっとして気持ちがよかったので、大の字に寝転んだ。
漁業会館の放送と、海鳥の声と、渚がさらさらと英単語を書きとる音がする。昼寝でもしよ、と思って目を閉じた。
18 「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて
私がこの世で一番感謝しているのは、「マイヒーロー」というまんがの作者だ。
とにかく熱い少年マンガで、毎週発売と同時にコンビニに陳列されるのを待って、むさぼるように読んだ。あのマンガがあるから生きてこれたし、あのマンガのために生きている。あのまんがは私の人生だ。
その「マイヒーロー」が先週、終わってしまった。
悲しくてつらい。でも私は、あのまんがを書いた先生に「ありがとう」を言わなくてはならない。
そう。だから先生の家にきた。家の場所は知っている。合鍵は持っている。先生は目の前にいる。私は刃物を持っている。
「先生。マイヒーローを書いてくれて本当にありがとう。でもどうしてあのまんが、終わらせてしまったの?」
これから私は、たくさんの「ありがとう」を言う。あのまんがは、私のすべてだからだ。
17 優しくしないで
生まれて二ヶ月もたっていない子犬が、ぺろぺろと可愛らしく私の腕や頬をなめている。
この店では、やってきたお客に必ず子猫や子犬を抱かせる。そうすればみんな、たまらなくなって「お迎え」をしてしまうのだ。何もかも計算ずく。
わかっている。わかっていてもとまらない。
「この子、ください」
私は言った。
仕事も婚活もダイエットも、何もかもうまくいかない。生活はストレスだらけだ。かわいい子くらい、いいじゃない。さあ、私のうちに来てね。名前は何にしようかな。
私の家には「衝動買い」した犬や猫が二十匹いる。
金銭的にも物理的にも、もう限界だ。
それでも優しくてかわいいこの子を前にすると、私はおかしくなる。ああおねがいします。どうかもう、優しくしないで。かわいいのをやめて。