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11/22/2023, 11:07:49 AM

ーもうちょっと良い人いなかったの?

両親に結婚の報告をした時に言われた言葉だ。その時は彼のことを侮辱された気がして、両親と口論になった。
そんな彼と結婚して3年が経った。
相変わらず両親は彼と結婚したことが気に入らないようで、結婚してからは正月以外は顔を合わさない。
私も会うたびに彼の愚痴を聞かされてうんざりするので、これぐらいがちょうど良い。
ただ、両親の言い分も理解出来なくはない。一人娘で子供の頃から成績の良かった私は地元の高校卒業後、国立大学に進学。卒業後は、大手金融機関の事務員として働いた。
両親いわく顔もそんなに悪くはないのだそうだ。
大事に育ててくれたのは、想像に難くない。
彼とは、大学在学中にコンビニでアルバイトしていたときに出会った。その職場の先輩である。
当時、彼にどこの学生か訊いてみると、フリーターと返ってきた。
同じシフトに入ることが多く(彼はフルタイムに近いシフトなので自然とそうなるのだが)、ある日仕事終わりに告白をされた。
最初に告白されたときは断ったが、何度もアプローチを掛けられているうちに根負けしてしまった。
彼は私と付き合い始めると、突然就職活動を始めるようになった。
なぜ急に?と訊くと、付き合うときに言ったじゃん、と困り顔で返された。
彼は何百通と書類を送るが、紙ぺら一枚で何度も振りだしに戻された。
私は彼より後に就職活動を始めたのだが、私の就職活動が終わっても彼は書類を送り続けた。
そんな彼の就職先が決まったときは自分が内定を貰ったときよりも飛び上がった。
彼はコンビニを辞め、中小企業の営業マンとして働いている。
ガチャ
扉が開く音がした。
ーただいま
扉の音ともに彼が帰宅する音が聞こえた。
私は壁の時計に目をやる。時刻は10時を回っている。
読みかけの小説に栞を挟み、玄関へ向かう。
ーおかえり。ご飯出来てるよ。
彼は、ありがとう、と疲れた顔でにっこり笑う。
遅くなって謝る彼に、自分は既に夕食を済ませたことを伝える。
少し肩を落とした彼の手には紅い色の花束が握られている。
ーこれ。今日、誕生日だよね。ケーキも買ってきたから後で一緒食べよ。
彼は花束を差し出し、おめでとう、と口にする。
ーありがとう。でも、忙しいんだから毎年、無理に買ってこなくても良いんだよ?
誕生日には花束、結婚記念日には少し高価なレストランでの食事が私達夫婦の恒例行事になりつつある。
彼は靴を脱ぎながら、その日にしないと忘れそうだからと答える。
私は短い廊下を歩きながら花の香りを楽しみ、彼とはダイニングで別れた。花束の中から活きの良さそうなものを何本か抜き取り、適当な長さに切り揃える。
花瓶に水を入れ花を指す。
彼が着替えを終え、机に着くと、頂きますとの声とともに用意していた食事に手を付ける。
私は彼の向かいに腰を掛け、うまいと言った彼を見ながらほんのり甘い花の香りに身を寄せる。

11/21/2023, 1:24:32 PM


ーどうすればよかったのだろうか

俺は落ち着くために窓を開け、ベランダに出た。
持っていた煙草の箱から白い煙草を一本取り出す。彼女の好きな銘柄だ。
後ろポケットからライターを取り出し、煙草の先に火を付ける。
胸の高さの塀に肘を降ろして、大きく息を吸う。
ふーっと吐いた煙はゆっくりと真夏の夜空に上がっていく。
水を吸った赤いシャツは、べっとり肌に張り付いている。少し不快を感じ、煙草を持ち替え肌から浮かすが、隨分水分を吸っているからか、手から離すと直ぐに肌に張り付く。何度か肌から離してみるが、それでも肌に張り付くので、俺は諦め、再び煙草を口に咥える。
大きく吐き出す息を眺めながら、彼女のことを考える。
付き合ったときのこと、旅行したときのこと、初めて体を重ねたときのこと、喧嘩したときのこと、仲直りしたときのこと、頭の中で映画のフィルムを回すように何度も何度も思い返す。
もう居なくなった彼女のことを思い、俺は再び息を吸う。

ー本当にどうすればよかったんだろ

いくら楽しい思い出に縋っても、最後の彼女の歪んだ顔は頭からは離れない。
小さくなった吸い殻を指で挟んで軽く弾いた。
赤く染まった白い煙草は、弧を描いて落下する。
振り返ると、横たわる歪んだ顔の彼女と目があった。

11/21/2023, 7:04:08 AM

目を覚ますと、灰黒色の壁が見える。床は、油と泥で汚れており、彼はそこに横たわっている。
床に手をつき、体を起こす。体がひどく重たい。いくら力のない幼い腕だとしても、たかだか120センチの体を起こすのにこんなにも力を入れなければならないものなのか。
やっとのことで、体を起こし、目に入る壁とは反対の壁に背中を預ける。汚れたお尻を浮かすのとは出来ず、その場にうなだれる。
目前にはシャツの上からでもわかる酷くやせ細った自分の体。
彼は少し息を整えてから、シャツの下から中をまさぐり、透明な袋を取り出した。袋の中には、所々に黒い斑点のついたパンのかけらが入っている。
まだ食べれそうなことに少し安堵し、中身を取り出す。掴んだ袋を手から離し、洋袴(ズボン)の衣嚢(いのう)をまさぐる。
中からその小さな手に収まるほどの石のようなものを取り出した。石の底は平で、楕円の表面には細かな彫り細工が施されている。泥と油でその光沢を失っているが、磨けば今にも輝きそうだ。
彼は石の表面を少し擦って、横の突起物をを親指で押す。カチと音を出しながら楕円の表面が内扉のように開いた。中からは男女とその男女に抱えられた幼い子供が顔を出した。三人は、屈託のない笑顔でこちらを見ている。
彼はパンをかじりながら、三人を眺めて悲しそうに笑う。
ビルの隙間から金属と地面の擦れる音が木霊した。

11/19/2023, 1:22:10 PM

キャンドルの先に火が灯った。
灯りの方に目をやるとベッドに腰掛けている男の背中が見える。
男は台の上のキャンドルを静かに見つめ、ゆっくりと私の方へ振り返る。
火元が男の背にあるからか、男の顔をはっきりと見ることが出来ない。
男がベッドの上を這い、私の顔を覗き込んだ。
近づくにつれ男の顔がはっきりと見える。男は優しい笑みを浮かべている。
私はゆっくりと瞼を閉じ、ゆらゆらと揺らめくキャンドルの火のように身を任せた。
男が私を覆う少し暑みのある布に手を掛けた。
男の腕が身の幅程まで布を持ち上げると、少し冷たい空気が肌に当たる。
舞い上がった布は優しく二人を覆い包み、点いたばかりのキャンドルの火をそっと押し消した。