→今ここに、私は反旗を翻す。 (タイトル変更 '24.7.10)
あなたの当たり前は私の当たり前ではない
あなたの干渉は私の幸せにはならない
あなたの夢は私の夢ではなく
あなたの喜びもまた、私の喜びではない
あなたのIdealは私のIdentityではない
あなたと私は肉親だが、あなたと私は個別の人間である
私は自由意志を持つ一個人だ。
テーマ; 私の当たり前
→短編・実家への道、ホタル族を思う
コンビニでタバコを買う。昔よりも高くてビビった。
高台から夜の街を望む。街の灯はぼんやりしている。
懐かしい景色。子供の頃の日常風景。坂の街。ここに登るまで前かがみになって自転車を転がした学生時代。足をつかずに登ったときの達成感が好きだった。今じゃ絶対できないだろうな。腹の肉に皮肉を言う。
再び坂を登り始める。霧のような雨が降る。傘をさすほどでもない。そもそも傘なんて持ってない。夜が少し白くなる。
目の前に大きなマンションが現れる、と思ったら、思ったよりも小さかった。記憶は記録ではない。思い出は補正される。
全戸に人が住んでいた。親父が街の明かりを肴にベランダでタバコを吹かして酒を飲んでた。そんな景色は遠い昔だ。しかし果たしてこれもどこまで正しいのか、永久に答えを得る機会はない。。
マンションの窓の灯、ポツポツと。歯抜けの黒い空間にはどんな奴らが住んでたっけな。
近頃オフクロがケアハウスの話をするようになった。それも悪くない選択だ。このマンションは高齢者には住みにくい。
いろんなものが、変わっていく。
マンションに入る前に背後を振り返る。霧雨が夜の街に仄かなフィルターをかけている。
なぁ、親父。墓にタバコを供えてやるけどよ、あの世のタバコ事情はどんな感じだ?
こっちじゃホタル族ってのはほとんど絶滅種だ。俺もずいぶんと前にタバコを止めたよ。
タバコ吸いが減って、街の明かりもちょっと変わったかもな、とそんなことを思った。
テーマ; 街の明かり
→短編・七夕の歌
歩道橋のちょうど真ん中あたりに立って、彼は車の流れを見ていた。赤い光の流れは向こうへ、白い光はこちらへ。
そういえば、同棲中の彼女とソリが合わないっていうのを、水の色が混じらないアマゾン川に例えて曲を作ったっけな、と売れなかった歌のことを思い出す。それでも自分を信じて動画サイトにアップしてみたが、5年経っても再生数は四桁止まりだ。今までアップした曲の全ては三桁ないし四桁前半。中途半端なんだよな、いっそ二桁とかなら諦めもつくのにさ。
手にした缶コーヒーを顔を上げて飲み干す。コンビニで買ったときには冷たかったそれは、もうすっかり生ぬるい。
目が夜空を捉えた。月だけが空に架かっている。都会の明るさの影響を受けた夜は星を見るには明るすぎる。
「今日って七夕なんだって」
「仕事そっちのけでキャッキャウフフして怒られて一年に一回しか会えなくなった夫婦の話だっけ?」
「あー、そんな話、そんな話。そんなヒトが同じ職場にいたら私もキレるわ」
彼の背後を通る二人の女性のテンポの良い会話が耳に飛び込んできた。彼女らの会話のスピードは車並みで、七夕の話題から職場の愚痴に変わっている。ほどなくその姿は歩道橋の階段に沈むように消えて行った。
彼はまだ歩道橋の上にいる。薄青い空の向こうの七夕の主役から新しい曲の着想を得ようとしたが、何も思い浮かばなかった。
「才能ないわー」
つぶやく声は、行き交う車の流れの中に落ちていった。
テーマ; 七夕
→もう会えない彼女
ラムネを飲むと思い出す
ラムネ瓶の柔らかい歪形に
海に浮かぶガラスの浮き玉を思い浮かべた
その連想に「メロウだね」と友人は口角をほんの少し上げた
彼女の横顔の美しさに、私は初めて気がついた
あれは去年の夏だった
テーマ; 友だちの思い出
→短編・プラネタリウム
もうすぐプラネタリウムの上映が始まる。隣の席の彼女が「楽しみだね」なんてこっち見て肩を上げる。あ〜、今日も可愛いなぁ。
館内の灯りが消える。暗闇とアナウンス。上映が始まる……――。
彼女と出会ったのは3年前。マッチングアプリ経由で付き合い始めた。まるでアプリのCM並に価値観が一緒で、初対面のときから初めて会った気がしないくらい盛り上がって、とにかく最高で。
そして今日は3回目の出会った記念日だ。毎年必ずデートしている。もちろん今年も。平日なので仕事終わりからの夜デート。でも今年の記念日は今までとは気合いが違う。
俺はポケットに忍ばせてある指輪を握りしめた。今日、今ここで、俺は彼女にプロポーズする!
俺のプランはこうだ。プラネタリウム上映中に彼女と手を繋ぐ。そのときに一緒に指輪を仕込んでおく。何を渡されたのかと彼女は確認するはずだ。驚く彼女。その指輪を再び手に取り、彼女の左薬指に指輪を通す。星空の下でのプロポーズ。(映像だけど……、そこは、まぁ、予算とか時間とか、ね?)その後は2人でよく訪れてるフレンチを予約してる。店長に相談に乗ってもらった結果、ケーキと花束を店が用意してくれることになった、と、一通り今夜のプランを再確認した俺は、球面のドームに広がる映像を睨みつけた。
どういうこと!? 手元まで暗い映像ばっかり続くの、何なの? 下見の時はずっと明るいくらいの星空の映像ばっかりだったじゃん! またよりにもよってダークマターとダークエネルギーって渋いテーマだな、オイ!
彼女の横顔に顔を向ける。焦る俺とは対照的に真剣な顔で宇宙の神秘に聞き入っている。好奇心旺盛な彼女の目が星空を映したように輝いている。あぁ、やっぱりこの子のこと、好きだなぁ、俺。
彼女、きっとこのあとの食事でこの話をしたがるだろうな。一緒に盛り上がりたいけど、俺、ほとんど聞いてないわ。しょうがない、計画変更! ここでのプロポーズは諦めて、レストランでしよう。今のバカ話をして、一緒に笑おう。それで週末には図書館で宇宙のことを調べに行こう、その後は……。
「それでは只今よりこの時期の夜空をお見せいたしましょう」
映像が切り替わった。
うわぁ、と方々から歓声が上がる。それくらい綺麗な満天の星空 がスクリーンに映し出されている。観客席まで届く優しい灯り。
そうだ! これを待ってた! 今しかない! 慌てて計画を実行に移す。ヤベェ、手汗ハンパない。
汗だく俺の手に、彼女のびっくりした顔がこちらを向いた。俺の予想とは違い、彼女は握った手の中にある硬い感触を握ったまま探るように動かす。コロコロコロ。輪っか状のもの。これはなぁに? やがて、なぞなぞの答えを見つけた彼女は興奮に顔をクシャッと寄せたような愛嬌のある笑みを浮かべた。
彼女が声を出さずに口だけを動かした。
―YES
彼女の笑顔とこの星空を俺は一生忘れない。
テーマ; 星空