一尾(いっぽ)

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→短編・プラネタリウム

 もうすぐプラネタリウムの上映が始まる。隣の席の彼女が「楽しみだね」なんてこっち見て肩を上げる。あ〜、今日も可愛いなぁ。
 館内の灯りが消える。暗闇とアナウンス。上映が始まる……――。
 彼女と出会ったのは3年前。マッチングアプリ経由で付き合い始めた。まるでアプリのCM並に価値観が一緒で、初対面のときから初めて会った気がしないくらい盛り上がって、とにかく最高で。
 そして今日は3回目の出会った記念日だ。毎年必ずデートしている。もちろん今年も。平日なので仕事終わりからの夜デート。でも今年の記念日は今までとは気合いが違う。
 俺はポケットに忍ばせてある指輪を握りしめた。今日、今ここで、俺は彼女にプロポーズする!
 俺のプランはこうだ。プラネタリウム上映中に彼女と手を繋ぐ。そのときに一緒に指輪を仕込んでおく。何を渡されたのかと彼女は確認するはずだ。驚く彼女。その指輪を再び手に取り、彼女の左薬指に指輪を通す。星空の下でのプロポーズ。(映像だけど……、そこは、まぁ、予算とか時間とか、ね?)その後は2人でよく訪れてるフレンチを予約してる。店長に相談に乗ってもらった結果、ケーキと花束を店が用意してくれることになった、と、一通り今夜のプランを再確認した俺は、球面のドームに広がる映像を睨みつけた。
 どういうこと!? 手元まで暗い映像ばっかり続くの、何なの? 下見の時はずっと明るいくらいの星空の映像ばっかりだったじゃん! またよりにもよってダークマターとダークエネルギーって渋いテーマだな、オイ!
 彼女の横顔に顔を向ける。焦る俺とは対照的に真剣な顔で宇宙の神秘に聞き入っている。好奇心旺盛な彼女の目が星空を映したように輝いている。あぁ、やっぱりこの子のこと、好きだなぁ、俺。
 彼女、きっとこのあとの食事でこの話をしたがるだろうな。一緒に盛り上がりたいけど、俺、ほとんど聞いてないわ。しょうがない、計画変更! ここでのプロポーズは諦めて、レストランでしよう。今のバカ話をして、一緒に笑おう。それで週末には図書館で宇宙のことを調べに行こう、その後は……。
「それでは只今よりこの時期の夜空をお見せいたしましょう」
 映像が切り替わった。
 うわぁ、と方々から歓声が上がる。それくらい綺麗な満天の星空 がスクリーンに映し出されている。観客席まで届く優しい灯り。
 そうだ! これを待ってた! 今しかない! 慌てて計画を実行に移す。ヤベェ、手汗ハンパない。
 汗だく俺の手に、彼女のびっくりした顔がこちらを向いた。俺の予想とは違い、彼女は握った手の中にある硬い感触を握ったまま探るように動かす。コロコロコロ。輪っか状のもの。これはなぁに? やがて、なぞなぞの答えを見つけた彼女は興奮に顔をクシャッと寄せたような愛嬌のある笑みを浮かべた。
 彼女が声を出さずに口だけを動かした。
―YES
 彼女の笑顔とこの星空を俺は一生忘れない。

テーマ; 星空

7/5/2024, 5:10:00 PM