一尾(いっぽ)

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→短編・七夕の歌 

 歩道橋のちょうど真ん中あたりに立って、彼は車の流れを見ていた。赤い光の流れは向こうへ、白い光はこちらへ。
 そういえば、同棲中の彼女とソリが合わないっていうのを、水の色が混じらないアマゾン川に例えて曲を作ったっけな、と売れなかった歌のことを思い出す。それでも自分を信じて動画サイトにアップしてみたが、5年経っても再生数は四桁止まりだ。今までアップした曲の全ては三桁ないし四桁前半。中途半端なんだよな、いっそ二桁とかなら諦めもつくのにさ。
 手にした缶コーヒーを顔を上げて飲み干す。コンビニで買ったときには冷たかったそれは、もうすっかり生ぬるい。
 目が夜空を捉えた。月だけが空に架かっている。都会の明るさの影響を受けた夜は星を見るには明るすぎる。
「今日って七夕なんだって」
「仕事そっちのけでキャッキャウフフして怒られて一年に一回しか会えなくなった夫婦の話だっけ?」
「あー、そんな話、そんな話。そんなヒトが同じ職場にいたら私もキレるわ」
 彼の背後を通る二人の女性のテンポの良い会話が耳に飛び込んできた。彼女らの会話のスピードは車並みで、七夕の話題から職場の愚痴に変わっている。ほどなくその姿は歩道橋の階段に沈むように消えて行った。
 彼はまだ歩道橋の上にいる。薄青い空の向こうの七夕の主役から新しい曲の着想を得ようとしたが、何も思い浮かばなかった。
「才能ないわー」
 つぶやく声は、行き交う車の流れの中に落ちていった。

テーマ; 七夕

7/7/2024, 4:12:45 PM