「こっち空いてるよ!」
彼女に言われるまま、俺は東海道線のボックス席に座った。向かい合わせになると、どうしても膝がふれ合ってしまうのが、面はゆい。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は無邪気に駅弁の包みを広げた。
「え、いま食べるの?」
「だって、着いたらすぐに移動しないと、日没の時間に間に合わないよ?」
彼女は言うやいなや、駅弁の煮しめを美味しそうに頬張った。
「ああ…いやそうじゃなくて。ってか、さっき駅でお蕎麦食べたばっかりじゃなかった?!」
「そうだよ?」
悪びれず、ご飯を口に入れていく。
俺はこのとき、はたと気が付いた。よく考えると、彼女は昨日からずっと、1日5食のペースで食べているではないか。
最初は、てっきり無邪気な女の子を印象付けるためにやっているのかと思っていた。
しかし、そうではない。これは、彼女にとって当たり前のペースなのだ。
つまり、彼女は大食いチャンピオン並みの胃袋を持った女性ということだ。
俺は思わず、財布の残高を確認した。食費は、持つだろうか?!
【向かい合わせ】
「な…私はあんたなんて、何とも思ってないんだから!」
「そんなの…。好きっていう気持ちの裏返しだろ?お前、俺に惚れてるんじゃねえのか。」
彼は、私の手を取って壁に押し付けた。
【裏返し】
「じゃあ…さよなら。」
ゆいは、名残り惜しそうにつぶやくと、くるりと踵を返した。
「待てよ。」
俺は思わず、その手を取った。
「さよならを言う前に、することがあるだろ?」
俺は彼女の手を引き寄せ、額にキスをした。そして、彼女の瞳を見つめた。
【さよならを言う前に】
「今日こそ、本州に渡れるね!」
ゆいは言った。だが、俺は本気にしなかった。こんな空模様では、連絡船が出るはずがない。
そんな心配をよそに、彼女は荷造りを始めた。
「着替え、何日ぶんいるかな?コインランドリーがあるから、2日ぶんもあれば大丈夫か!」
「あ、ああ…。」
俺は半信半疑ながら、ゆいに合わせて仕方なく荷造りを始めた。こんな嵐が、急に止むことはあるのだろうか?
【空模様】
「こうなることは、最初から決まってた!」
俺は満面の笑みで呟いた。目の前の画面は、クラウドファンディングで集めた金額が1000万円をとうに超えたことを示している。
「どうよ、俺の才能は!」
有頂天になる俺の横で、ゆいはなんとも言えない表情をしている。
「なんだ、嬉しくないのか?!これで本殿を再建できるっていうのに!」
「真っ当な手段なら、そりゃ嬉しいけど…。」
ゆいはテーブルの上の柿ピーを手で探って、ピーナッツだけを食べながら呟いた。
「あなたの方法って、詐欺みたいなもんなんじゃないの?神さまは、それで喜ぶと思ってるの?」
「え…。」
俺は、虚を突かれた。
「だって、本殿がないと神さまは困るんだろう?」
ゆいは、ついに立ち上がった。手にしたピーナッツを一つひとつ口にしながら、部屋をぐるぐる回っている。
「神さまは、お社にはこだわらない…。こだわるのは人間のほう。それも、真心込めたものでないと、邪念が入って神さまの力が逆に弱まると思う。」
「神さまの力って…。お前マジで言ってんのか?」
ゆいは俺を向き直った。顔にはうっすらと笑みを浮かべている。
「マジよ。」
さらに、向こうを向いたゆいは言った。
「御神体の山の、石を無断で持ち帰ったあの男がどうなったか知らないの?」
「いや…。」
「あの男が石を持ち帰ろうとしたとき、まず車がパンクした。それでも修理して自宅まで運んだけど、そうしたら今度は塀にぶつけて車が大破した。それでも石を屋敷に置いたから…。その男が経営していた会社は倒産したのよ。」
「…。」
「その男の娘の縁談も、破談になった。そこでようやく、男は気付いた。御神体のせいだって。」
ゆいは俺を指差した。
「神さまを信じない者は、怒りにふれる。当たり前でしょ!」
「だって…。俺は神さまのために働いてるんだぞ?クラウドファンディングだって立ち上げて…。」
「それが問題なのよ。あなたがしたことは、単なる自己満足よ!」
【最初から決まってた】