病室に、空調の乾いた音が響いていた。
かたわらには、新生児用の小さい小さいベッドが設置されている。
赤ちゃんは、眠っているのか身じろぎひとつしない。産まれたばかりの赤ん坊が、こんなに眠るものとは知らなかった。
私は四角い窓から真っ青な夏の空を見上げ、生まれて初めて味わう充足感に浸っていた。その後に続く、辛く険しい療育のことなどまったく知らないまま。
【病室】
「明日、もし晴れたら山に登らないか?」
「なんで?」
「いや、だって…山が御神体なんだろう?様子を見てみたいんだよ。」
「はあ?反対じゃない?御神体だからこそ、登っちゃいけないものでしょ。」
「え、まさかお前バチとか信じてるの?んなの迷信に決まってるじゃん。」
「あっきれた…。これだから都会人は…。見えないものへの敬意とか、無いわけ?」
「敬意ったって…。」
「とにかく私は登らないから。」
退場
【明日もし晴れたら】
「今から行くよ。」
真夜中の1時。電車は動いていないが、バイクで行けば30分だ。
電話の向こうの彼女が心配だった。きっと、酷く傷付いたはずだ。
「いい…。これは、みんな私のせいなんだよ。誰かに慰めてもらって、どうにかなるもんじゃない。だから、一人でいたい。」
絞りだすような声で、しかしきっぱりと君は言った。
「そっか…。」
俺は迷ったけど、彼女の言い分に従うことにした。気持ちがザワザワする。
【だから、一人でいたい】
僕は、君の澄んだ瞳を改めてまっすぐに見つめた。君もまた、僕の瞳をまっすぐに見つめている。
茶色い瞳の中の瞳孔まで遠慮なく見つめていると、魂まで同化したような、不思議な一体感を感じる。
僕は君の柔らかい頬にキスをして、それから僕たちはひとつになった。
【澄んだ瞳】
船の上には、ほとんど何も残されていない。波がすべてをさらってしまった。
見渡すばかりの海原で、私は思った。私が、あなたを守る。たとえ嵐が来ようとも。
だが、そんな思いはこの大自然の中では無為に等しい。そのこともよく分かっていた。
とりあえず私は、厄介な日差しを避けるために、彼を船倉に引きずりこむことにした。
マストがなくても、漂流していたらほかの船が見つけてくれるかもしれない。
それまでは、何としても生き延びるのだ。
水平線の向こうには、噴煙が立ち昇っている。おそらくこの地殻変動は、世界で同時に起きているのだろう。
【嵐が来ようとも】