劇の楽しみの一つに、カーテンコールがある。
カーテンコール=演劇・音楽会などの終演後、観客が拍手をするなどして、いったん退場した出演者を舞台に呼びもどすこと。
カーテンコールによって、演者さんによる裏話等が聞ける事もあるので、ヲタクとしては嬉しい時間だ。
劇のカーテンコールと音楽ライブ等のアンコールは同意義と思っていたのだが、調べてみると、どうやら違うらしい。
アンコール=演奏会などで、客が拍手やかけ声など発して出演者に追加の演奏を望むこと。
また、それに応じて行う演奏。
どちらも観客のアクションによって演者が舞台に戻って来ることに変わりはないが、演者のリアクションに違いがあるようだ。
ファン心理としては、カーテンコールに応じて貰えるだけで十二分に嬉しい。
その一方で、アンコールからしか得られない喜びもある。
演者を称えたい気持ちと、もっと一緒の時を共有したいと思う、ファンの複雑な心がそこにはあるのかもしれない。
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カーテン
お花を植える時は一人でやらないとだめよ──
きれいな花を咲かせる人は、孤独な時を耐えなければならない──
僕の好きな漫画に書いてあった言葉だ。
単純な僕は、その言葉にいたく感銘を受けて──
というか、感化されて──花の種を蒔くことにした。
花を育てるのは、小学生の時にやらされた朝顔の観察以来だ。
花を咲かせるまでの、なんとなくの知識はある。
だから、大丈夫──そう、思っていた。
花を植える場所として選ばれたのは、雑草が伸び放題になっていた庭の一角だ。
雑草があった状態では、花を育てることは出来ない。
僕は、雑草を全て抜き取る「整地」に取り掛かることにした。
芝刈り機という文明の利器を持っていなかったので、軍手をつけて一つ一つ雑草を抜いていく。
実に地味な作業だ。
地味であるならば、楽であっても良いはずなのに…。
草むしりは、見かけ以上に重労働なものだった。
ただ草を抜くという地味作業なくせに、腰への負担が半端ない。
正直、涙が出そうなくらい腰が痛い。
相手は、たかが草だ。
見た目ひょろっちい草だ。
それなのに、強いとはどういう事だ?
「土から絶対離れないぜ」と地面にぐっと根を張り、踏ん張ってくる。ど根性の塊だ。
雑草根性という言葉があるが、雑草はマジヤバイと思う。コイツラ強えぞ、人の腰をいわすくらいにはな!
ちょっと草を毟っては、ストレッチをして、また草を毟る──。
腰への痛みが麻痺してきた頃。
ようやく、荒れ放題だった土地が綺麗になった。
僕は、無心に花の種を蒔き、土を被せ、たっぷりと水をあげた。
これで後は、放置すれば花が咲く──だなんて甘い話はなく──
抜いたはずの雑草は何故か気前よく生え──
腰痛の悪夢再来。
双葉が出て喜んだのもつかの間、虫たちが到来し──害虫対策に奔走。
害虫対策が功を奏し、葉が茂り始めた矢先に、
原因不明の葉の変色──知識を求め東奔西走。
花は一人で植えろって、大変過ぎんか?
正直、途中で何度も投げ出そうと思った。
育てても喜ぶのは、僕一人だけだし──投げ出しても、誰も責めはしない。
けれど──あの花は、他の誰のものでもない。
僕の花だ。
どんな花が咲くか、見てみたいのだ。
もしかしたらこの感情は、自己満足ってやつなのかもしれない。
けれど、自分一人も満足させられないなんて、なんだか寂しいではないか──。
僕は、花と向き合うことをやめなかった。
荒れ地を耕し、種を蒔いてから3ヶ月。
紆余曲折を得て、ようやく花が咲いた。
園芸初心者、初めてにして快挙である。
太陽に向かい、笑うように花が揺れている。
ところどころ葉の傷みはあるけれど、ちゃんと花として僕の目の前にある。
僕が見たかった花だ──
そう思うと、涙腺が緩み、ポロポロと涙が溢れた。
頬に温かい涙が伝っていく。
それを拭いもせず、愛おしい花を見続けていると、
お隣さんがフェンス越しに話しかけてきた。
「綺麗な花ですね」
その言葉に、僕は泣き笑いで答えた。
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涙の理由
「お花を植える時は〜」の言葉は
【黒博物館 スプリンガルド】著者:藤田和日郎
マーガレット・スケールズの台詞より拝借。
藤田和日郎先生の作品だと
【うしおととら】も好きです。
「真由子ととら」の話で出てくる「泥なんて──」の台詞も良いですよね(*´ω`*)
最後の食器を食器棚へ片付ける。
食器棚の扉がパタリと閉まった。
洗い物完了。
後方にあるステンレスのシンクも美しい輝きを放っている。
あ、でも、洗剤が残り僅かだ。
今度忘れずに買い足しておかなくては。
鼻歌を歌いながら頭の中にメモをしておく。
カウンターキッチンから周囲をぐるりと見渡せば、そこそこ整った室内が見渡せる。
他にやらなくてはいけないことを探してみるが、
洗濯物も先程畳んでしまったし…。
今日やるべき仕事はもう何も無い──
これ即ち、自由!!
ココロオドル時間の到来だ。
さて、読みたかった本を読もうか──
それとも、好きな音楽を聴こうか──
はたまた、何かものづくりでもしようか──
やりたいことが次から次へと浮かんでくる喜びに、頬が自然と緩んでいく。
さあ、ココロオドル気持ちで何をしようかな?
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ココロオドル
午後3時、いつもの時間だ。
僕は作業の手を止め、隣にいる彼女に声をかけた。
「休憩にしようか」
本日彼女が用意してくれたのは、深蒸し茶だ。
丁寧に淹れたのだろう、水色が美しい。
湯呑みからお茶の馥郁たる香りが湯気とともに立ち上っている。
火傷しないように息を吹きかけ、そっと一口含めば、甘みと渋みのバランスの良い味わいが口の中に広がっていく──美味しいお茶だ。
美味しいお茶を淹れてくれた当の彼女は、いつものお饅頭に頬を緩めている。
美味しいお茶に美味しい甘味。
緊張感から解放された緩やかな空気。
研究所の無機質な空間が穏やかな空間に変わっていく──この束の間の時間が、僕は愛おしい。
胸に広がる温かさに浸っていると、彼女が話しかけてきた。
「博士、明後日からお休みですよね」
「うん、断られるかと思ったんだけど案外すんなり通っちゃったね」
「会社が有給申請を断ることは、余っ程の事情がない限り無いですからね」
新しい培養機の搬入に伴い彼女の有給を申請するついでに、自分の分も上げてみることにした。
当初の想定では、代理などの問題で本社から難色を示されると思っていたのだが──拍子抜けするくらい簡単に受理された。
まぁ、「ようやく取る気になりましたか」とお小言は付いてきたけれど…。今後は、有給消化もちゃんとしていこうと思うくらいには、お小言が長かったけれど…。
何はともあれ、有給が受理された僕は、何年かぶりの連休を取ることになったのだ。
「僕が休みの間は、僕の同期がここに来てくれることになっているから安心してね。彼は色々な研究所を兼任しているから、きっと勉強になることが沢山あるよ」
僕の言葉に彼女がピタリと止まった。
「博士の…同期…」
「ん?待って…。何で急にそんなニヤニヤしだしたの?な、なんか嫌な予感してきたんだけど、き、気の所為だよね?」
「大丈夫です、大丈夫です。気の所為ですよ。博士の同期の方に、博士の過去を聞いてみようだなんて、そんなこと思ってませんから」
「心の声漏れちゃってるよ!?僕のことより、技術的な事とか、スキルに繋がる知識とか、そういうことを聞いたほうが…」
「大丈夫です!それ“も“聞きますから!」
「それ“だけ“にしよう!?」
「大丈夫です!博士を支えるうえで役に立つ知識を学んでおきますので!博士はゆっくり休んでくださいね!」
そう言うと彼女は満面の笑みを浮かべた。
これは絶対、スキル以外も手に入れようとしている顔だ。
後でこっそり同期の彼に連絡をしなくては──。
あ、でも彼のことだからきっとあれこれ彼女に吹き込むかも──。
束の間の休息中に起こるであろう──想像に難くない出来事に、僕は頭を抱えるのだった。
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束の間の休息
新しい歯ブラシを買った。
それまで使っていた歯ブラシは、軽い力で綺麗に磨けるという謳い文句に惹かれて買ったものだ。
軽い力で隅々まで綺麗になるというので使っていたのだが…。
10日程で毛先が開いた。
シュッとスマートな形をしていた先端は何処へやら、歪な花火みたいに花開いている。
歯ブラシの買い替えのタイミングはメーカーにもよるが、1か月に1回を推奨されている。
普通であれば1か月──30日ないし31日保つわけだ。
それなのに、10日程しか保たない…。
…恐ろしい。
歯ブラシの耐久を約3分の1にしてしまう自分の不器用さが。
パッケージの謳い文句は勿論覚えている。
軽い力で綺麗になる──だ。
使う時に力を込めないようにすれば良い。
それも、わかっている。
わかっているのだが、自身の調整を司る部分的なところがちょっと…いや、かなり下手なのだろう。
力を込める必要がないのに、力を込めてしまう。
理屈がわかっても加減が出来ないのは何故だろうか。
我がことながら不思議である。
力加減とは、理屈でするものではないのかもしれない。
もっとこう、心的な、器用さというかなんというか…。
そんな事を一人グルグル思っていると、
パッケージから取り出した新しい歯ブラシが
「優しくしてね」と言っているように見えた。
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力を込めて