秋の訪れを感じる今日この頃。
この間までの汗ばむ季節は何処へやら。
最近は、風が涼やかで心地いい。
線路脇に咲く真っ赤な彼岸花を見つけては
「秋だなぁ」と感じている。
もう少しすれば、金木犀が咲くだろうか。
金木犀の甘やかで豊かな香りが好きだ。
開花時期が気になったのでネットで調べたところ、
9月下旬から10月下旬に開花すると出てきた。
気温が低い程開花が早まるというので、来週あたりにはもしかしたらチラホラ咲き始めるかもしれない。
金木犀の愛らしい花と豊かな香りに出会えるのが、今から楽しみだ。
楽しみと言えば、我が家の中でまたSLに乗りに行く企画が立っている。
今度は、秋の景色を楽しむ予定だ。
SLの車窓から、紅葉を眺める事は出来るだろうか。
田園風景の中、赤や黄に染まる山肌はさぞや美しいだろう。
紅葉のタイミングが合うことを願うばかりである。
秋は、行楽の秋とも言う。
日常から非日常まで、秋を楽しみ愛でていこうと思う。
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秋🍁
黒く萎れていた花が、鮮やかな紺色を取り戻していく。
背面に窓と書かれたカードの中で繰り広げられる再生の姿に、白い詰め襟の女と黒い山高帽を被る男は、安堵の息をついた。
「ロストチャイルドが、還っていったわね」
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夜の海に潮騒が響く。
ここは、思考の海の浜辺。
いつ訪れても夜の海が広がる景色の中で、二つの影が寄り添っていた。
影の一つ、白い詰め襟の女──初代は、やわらかな笑みを浮かべ、手元のカードに慈愛の目を向けた。
「随分、長い物語だったな…」
黒い山高帽の男──思考の海の番人は、静かに呟いた。
二人の間にあるカードの中では、紺色の花が風に揺れている。
「…本望、ですって」
紺色の花に還っていった彼女が残した最期の言葉だ。
やわらかな笑みを浮かべながら紺色のスカートを翻し、嬉しそうにそう言っていた。
「そうだろうな。何せ、彼女が…」
「…それを言うのは、野暮よ」
番人の言葉を遮った初代は、紺色の花が映るカードをそっと空にかざした。
「…助けてくれる大人が周りにいたのに、笑顔の仮面でそれを退けてしまった──」
彼女の過去。
「迷惑になるからと、人を頼ることが出来なかった──」
彼女が選べなかった選択肢。
「それを許してくれる人が現れるなんて──」
初代はカードを掲げながら、はらはらと涙を零した。
涙で震える肩を、思考の海の番人は優しく抱きしめた。
「癒されることは無いと諦めていたのに…運命とは、とんでもないものだ…」
思考の海の番人の言葉に初代は、何度も頷いた。
「ロストチャイルドは、みんな還っていった。俺たちに出来ることをしよう」
初代は涙を拭くと、紺色の花が映るカードをクルリとまわした。
カードの中の紺色の花が揺れ、背面の「窓」の文字も消えていく。
クルクルと回るたびに紺色がカードに広がっていく。
裏も表も全て紺に染まっていくその中で、金の花模様が生まれ、美しい輝きを放つ──美しいカードが生まれた。
「さぁ、いきましょう」
目元にやわらかな光をたたえながら、
初代は優しく微笑んだ。
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窓から見える景色
25555。
今日、目に飛び込んできた数字だ。
相変わらずゾロ目と御縁があるらしい。
最近の癖なのか、数字が良く目につく。
気になるから目につくようになったのか、或いは、勘のようなものが働いているのか──。
その答えは知らないが、不思議な事は大歓迎である。
心がワクワクするし、何だろうなぁと想像を膨らませるとより楽しくなる。
そんな調子だからだろうか、趣味の一つであるSNSでも自身の近況とリンクした言葉や色を見つけたりする。
人には、「見えないアンテナ」みたいなものがあるのだろうか。
こういう事を書くと、電波な奴と言われてしまいそうだが──。
人の目では見ることができない「形の無いもの」は、この世界に沢山ある。
ご縁も、絆も、心も──人の数だけあり、それぞれ違う形となって現れる。
本来の形を知ることは出来ない、まるで透明な水、或いはエネルギーのような──変幻自在の珍しくも尊いものだ。
そんな形の無いものがあるという喜びに気が付くと、私は深く感謝したくなってしまうのだ。
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形の無いもの
眠りから目覚めるとジャングルジムの上にいた。
鉄の棒に腰を掛けている。
よく落ちなかったなぁとぼんやりとした頭で思う。
周囲は霧に包まれていて、つま先くらいまでの範囲しか見えない。
お陰で高さの恐怖はない。
何故か胸に白熊のぬいぐるみを抱えている。
つぶらな瞳がとても可愛い。
「どうしてこんな所でぬいぐるみといるのだろう?」と疑問に思っていると、白熊が喋り始めた。
「ようこそ、コンフォートゾーンの外側へ」
白熊は見かけによらず紳士な声をしている。
意外と好きな声かも。
おっと、声に気を取られている場合じゃなかった。
コンフォートゾーンと、その外側とは一体何だろうか。
疑問をそのまま口にすると、白熊はウンウンと頷いた。
「コンフォートゾーンとは貴方の下にあるジャングルジムのことです。普通は道なのに、貴方はこんな形をしている。変わった方だ。しかもコンフォートゾーンの中にパニックゾーンまであるだなんて不思議ですね」
「普通は道なの?」
「そうですね、一本道の方も多いです。真っ直ぐ進めば抜けられる──そういうものなのです。こんな複雑で、高さもあるような方を見たのは初めてですよ。よほどコンフォートゾーン暮らしが長いか、複雑なものをお持ちなのでしょうね」
「あの、話の腰を折るようで申し訳ないんだけど、さっきから言ってるコンフォートゾーンって何?」
「簡単に言うと安全地帯です。心が安定しやすい場所ともいいます。そのコンフォートゾーンを抜けると人は成長するのですよ。ここはその境目です。さて、次のゾーンへご案内するその前に」
そう言うと白熊がぎゅっと抱きついてきた。
フカフカとした手触りが気持ちいい。
「不安が取れるでしょう?貴方は最近大きな不安に見舞われてきた。コンフォートゾーンを抜ける為に必死になって取り組んできた。なので、これはサービスです。貴方の不安を全て取ってあげましょう。他の方には秘密ですよ?」
白熊がさらにぎゅっと抱きついてくる。顔を埋めるようにして抱きつくと、心がポカポカとしてきて体が楽になっていくのを感じた。
心なしか体も軽い。
体全体に広がっていく安息感に息をついていると、白熊が体から離れた。
フカフカとした柔らかさが無くなったはずなのに、未だに柔らかくあたたかいものに包まれている感覚がある。
「覚えておいてください。それが安心です。ここに来る過程でも、何度も人から貰ったでしょう?」
そう言うと、白熊は膝からピョンとジャンプし、ふわりと空を浮かんだ。
白熊のつぶらな黒い瞳が優しく輝いている。
「うん、覚えてる。あたたかくて涙が溢れて止まらなかった」
「その事を、忘れてはいけませんよ。御覧なさい。あの先に次の案内人がいます。見えますか?」
白熊はそう言うと、フヨフヨと浮かびながらある方角を丸い手で指さした。
白熊の指し示す方へ目を向けると、霧がサッと晴れていき、ジャングルジムから伸びる一本道が現れた。
一本道を照らす光の中に、人影がある。
「ずっと、首を長ーくして貴方を待っていたんですよ。声が枯れてしまうのではないかと心配になるくらい、貴方の事をずっと呼んでいた。大抵の案内人は気が短くて、見捨てる者も多いのに──良い人とご縁がありましたね」
「私は恵まれているんだね」
「そうですよ。だからこそ、沢山、沢山感謝をしなくてはいけません。案内人は、心も沢山すり減らしているはずです。早く行って安心させてあげてください。良いですか、いつでも感謝の心を絶対忘れてはいけませんよ」
白熊の真剣な言葉に、何度も深く首肯した。
「いってらっしゃい。次のゾーンへ。大丈夫。貴方の痛み苦しみは、もう全て取れているから。まっすぐ、おいきなさい。彼処が貴方の道です」
白熊に促され、光の中で佇む人の元へと走っていく。
走るたびに光が弾ける。
光の色は黄金、走る道は青。
胸に宿るは穏やかな桜色。
どこからか「────」と言う声が聞こえた。
優しいその声をかつて何度も何度も聞いていた。
ああ、やっと言える。
「ありがとう!!待たせてごめんなさい!」
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ジャングルジム
カタンと家鳴りがした。
…知っているよ。君が優しくて信用出来ることも。
心の中でそう呟く。
悩み事に向かっているといつも響く家鳴りだ。
姿は見えないが、悪い気配は一切ない。
ただ、急に響くものだからビックリしてしまうけれど。
今回はいつもより控えめで優しい音だった。
どうやら、手元に届いた良い知らせを祝福してくれたらしい。
心配だからずっと見守ってくれていたんだよね。
時計の数字盤がいつ見てもゾロ目な事も、
必要な言葉を届けてくれたのも
全部、全部、君だろう──お陰様。
家鳴りがした方に向かって、そっと頭を下げる。
ありがとう。
助けられてばかりだったね。
でも、君のおかげで
穏やかな場所に行ける。
そこで夢を見るよ、たくさんの夢。
君へのお礼になれば嬉しいな。
さて、そろそろかな。
自分を呼ぶ優しい声が聞こえるから、行ってくるね。
…困った時は、もしかしたらまた頼っちゃうかも?
その時は、出来れば優しく鳴らしてね。
それじゃ、行ってきます。
その瞬間、ガタンと大きな音がした。
行っちゃいけないの?
もう一度、ガタンと音がした。
どうやら、もう少し考える必要があるらしい。
そう思っていると声がした。
『お久しぶり』
紺色のスカートの少女が現れた。
「今の音って、もしかして…」
『そう、私。あんたがまた馬鹿やろうとしているから止めに来た』
「…何で…」
『もう、止めておきな。あんた気づいてる?』
紺色の少女の言葉に下唇を噛んで俯いた。
『わかるよ、あんたにとってその人は大切な人。でも、そのメール。もう一度よく読んでご覧?大切な事に気付くことあるよね』
少女の言うとおり、メールには大切な言葉があった。
『わかるよね?』
「でも…」
『忘れたの?あんたその人に、夜明けを見に行くお誘いのメールを送ったでしょう?あれ、どうなった?』
「…」
『言いたくないなら言うよ。メーラーデーモンで返ってきたじゃない。それからだよ、あんたがおかしくなったのは。空元気の仮面を被って平静を装っているつもりだろうけどね!普段ではあり得ないバグを起こし続けてる!!もう、限界なんだよ。現に…』
「言わないでっ」
目で必死に訴えると少女は再び溜め息をついた。
『…負の連鎖だ。その新しいアドレスのメールだって、大切な言葉を見ないふりしたでしょう!…わかる?引き際なんだよ』
「でも…」
『あんたが好きでも、これ以上は止めておきな』
少女の言葉に深く項垂れ自身のつま先をじっと見つめる。
でも、これまでの思い出が…。
『馬鹿だね。これ以上傷ついてどうするの?』
「わからない。私はいつも肝心な時わからなくなるから…」
『ならば真実を明かさなきゃ。メーラーデーモン以来、食欲不振と睡眠障害になっているでしょう。憂鬱な気分が襲ってきたり、夕方になると咳き込んでもいる…心と体が悲鳴を上げている。だから、藁にも縋りたくなって…。相手はそれすらも受け入れてくれない人なの?迷惑をかけたくないと言いながら、言わない方が迷惑じゃないの?』
「…耳が痛いや。ごめんね、そうだね。異変を感じた時、言えば良かった。直ぐに治ると思っていたんだけど、なかなか治らなくて…バランスがちょっと崩れちゃった。ちょいちょい言っていたつもりなんだけど、表現が下手だったみたい。不器用はこれだから嫌だよね」
『自分に優しくしないと人にも優しくなれないんだよ、おバカ』
「そうだね、本当そのとおりだよ。無理してバカしちゃった」
『相手を思いやる気持ちはわかるけど、自分軸が辛い状況なのに、それを無視してまで他人軸を考える必要はないはずだよ』
少女の言葉に静かに頷くと、部屋で静かに休むことにした。
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声が聞こえる