世界に一つだけ。
ありきたりな解答になってしまうが、人が持つ個性にもそれは言えるだろう。
人というのはパズルのピースのようなもので、皆誰しも凸凹を持っている。
得意なこと、不得意なこと、それなりに出来てしまうこと…。容姿や性格にまで思考を広げていけば、ますますそれぞれの個性が際立っていく。
誰かと似ていても、必ずどこかしら似ていないところがある。
それこそがその人が持つ個性であり、世界に一つだけと尊ぶべきものなのかもしれない。
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世界に一つだけ
もう一つ短文を思いついたので、残しときますです。
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世界に一つだけのものは、
大切だから秘密。
そう言って、はにかむ君に
世界に一つだけの輝きを見つけた。
助手も帰った夜の研究室。
検査結果の入力をしていると、一通のメールが届いた。
送り主は、本社の総務部からだ。
件名には「研究所の今後について」と書いてある。
その端的な件名を見た瞬間、僕の左胸は一瞬停止し、次いでバクバクと嫌な音を立て始めた。
体の芯は熱いのに、指先は凍えるように冷たくなっていく。
心臓の音がうるさい。
その一方で頭は、淡々と状況判断していく。
この研究所は、古い施設だ。
耐震性やら免震に不安がないと言ったら嘘になるくらいボロい。
来るべき時がとうとう来てしまった。
そういうことなのだろう。
解体の二文字が脳内で踊っている。
人事部からのメールはまだ届いていないが、この後内示も届くだろう。
好きな事と思い邁進してきたが、上というのは数字を見る。赤字は出ていないが、不要と判断されれば切り捨てられるのが定めだ。
彼女ともこれで…。
そう思った瞬間、ズキリと胸が痛んだ。
彼女との思い出が走馬灯のように浮かんでくる。
3時の休憩、楽しかったな。
休憩があんなにも楽しいだなんて、知らなかったんだ。
いつも怒られる事が多かったけれど、内心嬉しかったんだよ。君の優しさに触れているようで。
あぁ、流れ星を見た時に約束したお給料アップ。叶えてあげられなかったな。
楽しかった思い出と、果たせなかった約束に胸がどんどん苦しくなってくる。
ズルい心が、メールを開かないという選択肢もあるぞと耳打ちしてきたが──それは一時の逃げだ。
事実を知るのが、少し遅くなるだけに過ぎない。
一度決まったことからは、逃げられない。
研究所の長として、覚悟を決めなくては。
僕は、震える手でマウスを操作し、未読の件名にカーソルを合わせる。
カチリと鳴るマウスの音が、嫌に響いた。
クリックと同時にメールの本文が開かれると、そこには──研究所老朽化による解体の文字が…無かった。
代わりに、新しい検査機導入の知らせが入っている。
以前個人的に培地の検査をお願いしていたものが、新商品の開発に役立つと判断されたらしい。
新しい検査機の導入日と時刻の下には、古い検査機の回収と検査調整の要請が書いてある。
その後ろには、会社の今後の展望と研究所に求められることも書いてあった。
そこも隈なく読んだが、解体や異動の文字は見受けられない。
詰めていた息を大きく吐き出す。
それと同時に、胸に安堵が広がっていった。
まだ僕にやれることはあるらしい。
今できることは、検査の日程調整を考えることだ。
僕は早速取り掛かることにした。
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胸の鼓動
ラボ組──博士の場合
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最近、「勿体ない」という言葉と出会う回数が多い。
いつものように受け取るのを拒否していたが、それも難しいくらい目に付いている。
勿体ない。
意味がわからないくらいに、繰り返し繰り返し出会う言葉。
けれど、届くことには何か意味があるのだろう。
向き合うしかない。
胸に手を当てると、心臓は静かな音を立てている。
その音に耳を澄ましていると、脳裏に浮かび上がってきたのは可能性の光景だ。
今とは異なる環境の世界。
光って見えるその光景に心惹かれる自分がいるのは、確かだ。
手を伸ばし、求めても良いのだろうか。
本当にその価値が自分にあるのだろうか。
求めた瞬間、手を振り払われたらと思うと怖い。
?…脳裏にオセロの駒が出てきた。
白黒表裏一体の駒。
価値がないの反対は、価値がある。
勿体ないの反対は、勿体ある。
なるほど。
ゲームのようにひっくり返せば良かったのか。
これなら気弱な自分でも出来る。
そうと決まれば、勿体ないをひっくり返して、光って見える光景に手を伸ばしてみよう。
振り払われたら、ひっくり返れば良いや。
蝶が飛んでいる。
ヒラヒラと踊るように飛ぶ姿はいつ見ても美しい。
「好きな虫は何?」と尋ねられたら、私は迷わず「蝶」と答える。
どれくらい好きかと言うと、蝶を見かけただけで重い足取りが、踊るような足取りに変わってしまうくらい好きだ。
特に、アゲハ蝶科が好ましい。
アオスジアゲハやクロアゲハが持つ羽の美しさは、筆舌に尽くしがたい。
神は細部に宿るというが、本当にその通りだと思う。
そんな愛おしい蝶だが、彼らの飛び方はユニークだ。
真っ直ぐ緩やかに飛んでいたかと思えば、急にスピードを上げたり、ジグザグ飛行したりと、こちらの予想の斜め上をいく。
蝶道などの関係にもよるのだろうが、パターンがまったく読めない。
邪魔にならないよう道の脇に避けても、飛び込んでくるのだから驚きだ。でも、そういう不思議なところも愛おしい。好きという感情も面白いものだ。
前は良く出会っていたのだが、生活時間が変わってからは滅多に会えなくなってしまった。
どうやら蝶たちの時間とズレてしまったことが原因らしい。
時間が変わるだけで、出会えなくなるものは多い。
出会うことは、当たり前ではないのだとしみじみ思う。
綺麗なものや美しいもの、不思議なものに出会う時、或いはそれについて思いを馳せる時、私は好きなアーティストの歌詞が頭に浮かんでいる。
「君に驚異と 敬意で考える」
森羅万象を思う上でも、この言葉以上に相応しい言葉を私は知らない。
故に、私にとってこの言葉はお守りだ。
この世界に対して、優しい目を忘れない為の大切なお守り。
優しい目で軽やかにこの世界を行けば、素敵なものはそこかしこに見つかる。それを幸せと人はいうのかもしれない。
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踊るように
時を告げる…。
さて、何が時を告げるのだろうか。
告げるものは何で、それによってどんな展開、或いは(物語の)締めの光景が広がるというのだろうか。
さっきから色々な言葉を拾い上げては、リリースしている。言葉のキャッチ・アンド・リリースをする夜更け間近。
チャイム。
アラーム。
季節を告げる美しい自然の光景。
勝鬨の声。
どれも良くて、どれも違う。
悩んでいる間に、今日という日が終わりそうだ。
マズイ、マズイ。
縛りプレイというわけではないが、1日1つ何らかの文章を作ると決めているからには、残り数分で文章を作らなくては。
これは義務に非ず、単なる個人的な遊びだ。
…ん?なんか、立派な縛りプレイな気がしてきたけど、多分気の所為だ。多分。
あっ、そんな事打っている間にまた時が進んだ。
こういう広がりが多いテーマの時に限って、頭は働かない。
物語とかに合うテーマだなぁとぼんやりと思うのだが、肝心のネタが無い。
すっからかんと知りつつも、一応物語領域を覗き込んでみる。
そっと無言でカーテンを閉めた。
うん、無い。何もない。皆、寝てる。
困ったなあと思っていると、何処からか野太い声と張りのある声が何事か叫んでいるのが聞こえた。
その声の後ろでは、金属音と人の喚き声、馬が駆ける音に鉄砲の音がしている。
えっ、合戦場…?
夜分遅くの令和の時代に合戦場とはこれいかに?
スマホを持ったまま、音のする方へ向かうことにした。
音の出どころは、昔住んでいた家の兄の部屋だ。
今より若い兄が、ゲームで遊んでいる。
テレビ画面上では、派手なキャラクターが軽快な動きでバッサバッサと敵を薙ぎ倒している。
先程の叫び声は、このゲームの音だったらしい。
兄の隣に座ってゲーム画面を見る。
休みの日の深夜は、こうして兄の隣でゲームを見たりしていたものだ。
レバガチャな私と違って兄のコントローラ捌きはスッキリとしている。
安心してゲームを見ていられるから、自分がゲームをするよりも楽しい。
兄がゲームに集中している時は話しかけず、話しかけて良さそうなタイミングを見計らって声をかける。
テレビのスピーカーから勝鬨の声が上がった。
今なら話しかけても大丈夫だ。
ゲームの内容や、取り留めのない話で盛り上がる。
つい楽しくなって、長居していると──
必ずお決まりのルートに辿り着く。
「休みだからっていつまで起きているの!!寝なさい!!」
就寝時間を告げる親の声。
懐かしい思い出と共に眠ろう。
おやすみなさい。
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時を告げる
ガヤガヤと賑やかな居酒屋で、スーツ姿の男二人が夕餉をとっている。
二人席のテーブルに座っているのは、若い男だ。
ジョッキのビールを片手に、枝豆をつまんでいる。
若い男の対面に座る大柄の男は、強面の顔で味噌汁の椀を持っている。
眉間に皺を寄せ、強面に拍車掛けている男の視線は、手元の味噌汁に注がれている。
味噌汁の具は、至って普通のアサリだ。
出汁の効いたいい香りがしており、男が渋面になる要素は見受けられない。
いつまでも口をつけないでいる男に、若い男が声をかけた。
「何すか、兄貴。ここのアサリの味噌汁は〆に最高だ!とか、いつも絶賛しているのに」
体の調子でも悪いんで?
若い男が怪訝そうな顔をして、大柄な男の顔を覗き込む。
話しかけられた男は、深い溜め息をついた。
「貝を見ていたら、つい最近の失敗しちまったことを思い出してな」
「へぇー、兄貴が失敗。こりゃ珍しい。明日は雨かな」
若い男の軽口にも男は暗い顔をして乗ってこない。
「…で、どうしたんです?」
男は、味噌汁の中に浮かぶ貝をじっと見つめている。
その瞳は真剣で、怖い顔がますます怖くなっている。
「顔怖えですよ」とチャチャを入れたくなるが、やめておく。
この男がこういう顔をしている時にそんなことをしたら、命がなくなる。
命が惜しけりゃ、大人しくするが正解だ。
口を開くまで待つしかない。
居酒屋の壁にあるメニューの紙を意味もなく見て、時間を潰すことにした。
店内を取り囲む手書きのメニューを2周しても、男は口を開かない。
タバコでも吸おうかと懐に手を伸ばすと、味噌汁を見つめていた男と目があった。
懐に伸ばした手を引っ込めて、男の言葉を待つ。
男の瞳が左右に揺れている。
余程の覚悟がいるものなのだろう。
黙って成り行きを見守っていると、男は味噌汁をテーブルに置き、重たい口を開いた。
「おめえ、大切な奴を守るために悪人になったことはあるか?」
男の真剣な声に、若い男は首を傾げ斜め上の天井を見つめる。
記憶を攫ってみるが、思い当たるものは見つからない。
「無いっすね。てめえの身が何より大切なんで。…なるほど。兄貴は、“なった“んですね」
コレですか。
そう言いながら、若い男は小指をピコピコとさせた。
「違ぇよ!…ただ、良いなって思った、だけで…」
男の声は後半に行くに連れ勢いを失っていき、男たちの間に沈黙が生まれた。
「見苦しいっすよ、兄貴」
「…うるせぇ」
若い男のツッコミに、男は地を這うような声を出した。
「大切な人のために悪人になった兄貴は、今更何を後悔してるんです?」
あんたの事だから覚悟済みだろうに──そう続けようと思ったが、声には出さないでおいた。
命はやっぱり惜しい。
「俺、馬鹿だからよ。守りてぇのに、守りてぇ奴を傷つけちまった」
「…と、いうと?」
「あのな、話しかけられれば心は躍るくせに、綺麗な目で見られちまうと、自分が汚れているように感じてしょうがねえんだ」
赤子や心のきれいな人間が持つ、真っ直ぐな眼差しに耐えられない大人はいる。この男もそうなのだろう。他人事のように言っているが、自分もその口だ。
なるほど、と思いつつ男の話に耳を傾ける。
「綺麗なもんとかよ、こいつは自分にとって大切だなって思うもんに出会うと、自分なんかが側にいちゃいけねぇって思っちまうんだ。なんか、汚しちまいそうでよ。だから、俺といると危ねえぞ。汚れちまうぞって、脅しちまった」
男はそういうと呻き声をあげて机に突っ伏した。
十中八九、その時のことでも思い出しているのだろう。マンガのような黒い縦線が男の背後に見える。
見事な撃沈っぷりだ。
思わず笑いが漏れてしまった。
「アハハ、自ら嫌われる貧乏くじを引きに行ったわけですね」
「うるっせぇ、その通りだよ馬鹿野郎!どうせ俺は貧乏くじ引く馬鹿野郎だ、くそったれ」
男はヤケクソのように叫ぶと髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
自棄のやん八だ。
若い男は薄ら笑いを浮かべると、ビールを一口飲んだ。
口の中に広がる苦みに、苦笑が広がる。
「そう言いつつも、嫌われる理由を自ら作って安全圏も作ってるんでしょ」
若い男の言葉に、男は地獄の底のような声をあげた。
「おめえ、本当嫌な奴だな」
「こんな事を相手に言ってしまったんだから、嫌われてもしょうがない。そういう網を張っておくことで、いざ関係が崩れたとしても、仕方なかったんだと受け入れられる。…弱虫っすね」
「ほざいてろ。マジで大切なもんを前にするとな、人は弱くなんだよ」
恐怖の大魔王もかくやな声だが、若い男は柳に風だ。
「それで、兄貴の貧乏くじの話と貝がどう繋がるんで?」
「…貝ってのは、硬え装甲のような殻を持ってるのによ。それを好んで食う奴がいるじゃねえか。分厚い殻に穴開けて食う奴とかよ、こうして煮込んじまう奴とかよ」
男は味噌汁の中に浮かんでいた貝を箸で摘むと、味噌汁椀の蓋にカランと投げ入れた。
味噌汁の中で落ちたのだろうか、投げ入れられた貝にアサリの身はついていなかった。
「守ろう守ろうと防御しても、やられちまう。こういう奴らから守るには、どうすりゃいいんだ」
男の沈痛な言葉に、若い男は溜め息をそっとつくと、静かな声で男を呼んだ。
「兄貴」
「何だ?」
「守ろうとしなくて良いんですよ」
「は?」
「お相手にはお相手の考えがある。互いに敬意を持ってりゃあ、後は何とかなるんですよ」
若い男の言葉に、男は目を見開き固まった。
相手を守ろうとすることは、必ずしも正解ではない。
相手を思って空回りするくらいなら、素直でいた方が良いこともある。
わざわざ悪役を演じる必要は、ないのだ。
「それで、お相手との関係はいかがなもので?」
若い男の言葉に男はまたもテーブルに突っ伏すと、首を横に振った。
「…兄貴。泣かないでください。ここ、奢りますから」
「うるっせぇ!泣いてなんかねぇや」
喚く男のそばには味噌汁椀の蓋がある。
蓋の中では、貝殻が口を開けて笑っていた。
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貝殻
後日。
「鼻歌なんて歌って随分ご機嫌ですね、兄貴」
「おめえの言う通りによ、あの後、素直な気持ちってのを相手に晒したら良いことがあってよ」
「そりゃ結構なことだ。もう、空回りしちゃ駄目っすよ」
「わかってらぁ。大切なのは、相手への敬意と素直な気持ちだろ?」
「その通りっす」