時を告げる…。
さて、何が時を告げるのだろうか。
告げるものは何で、それによってどんな展開、或いは(物語の)締めの光景が広がるというのだろうか。
さっきから色々な言葉を拾い上げては、リリースしている。言葉のキャッチ・アンド・リリースをする夜更け間近。
チャイム。
アラーム。
季節を告げる美しい自然の光景。
勝鬨の声。
どれも良くて、どれも違う。
悩んでいる間に、今日という日が終わりそうだ。
マズイ、マズイ。
縛りプレイというわけではないが、1日1つ何らかの文章を作ると決めているからには、残り数分で文章を作らなくては。
これは義務に非ず、単なる個人的な遊びだ。
…ん?なんか、立派な縛りプレイな気がしてきたけど、多分気の所為だ。多分。
あっ、そんな事打っている間にまた時が進んだ。
こういう広がりが多いテーマの時に限って、頭は働かない。
物語とかに合うテーマだなぁとぼんやりと思うのだが、肝心のネタが無い。
すっからかんと知りつつも、一応物語領域を覗き込んでみる。
そっと無言でカーテンを閉めた。
うん、無い。何もない。皆、寝てる。
困ったなあと思っていると、何処からか野太い声と張りのある声が何事か叫んでいるのが聞こえた。
その声の後ろでは、金属音と人の喚き声、馬が駆ける音に鉄砲の音がしている。
えっ、合戦場…?
夜分遅くの令和の時代に合戦場とはこれいかに?
スマホを持ったまま、音のする方へ向かうことにした。
音の出どころは、昔住んでいた家の兄の部屋だ。
今より若い兄が、ゲームで遊んでいる。
テレビ画面上では、派手なキャラクターが軽快な動きでバッサバッサと敵を薙ぎ倒している。
先程の叫び声は、このゲームの音だったらしい。
兄の隣に座ってゲーム画面を見る。
休みの日の深夜は、こうして兄の隣でゲームを見たりしていたものだ。
レバガチャな私と違って兄のコントローラ捌きはスッキリとしている。
安心してゲームを見ていられるから、自分がゲームをするよりも楽しい。
兄がゲームに集中している時は話しかけず、話しかけて良さそうなタイミングを見計らって声をかける。
テレビのスピーカーから勝鬨の声が上がった。
今なら話しかけても大丈夫だ。
ゲームの内容や、取り留めのない話で盛り上がる。
つい楽しくなって、長居していると──
必ずお決まりのルートに辿り着く。
「休みだからっていつまで起きているの!!寝なさい!!」
就寝時間を告げる親の声。
懐かしい思い出と共に眠ろう。
おやすみなさい。
────────────────────────
時を告げる
ガヤガヤと賑やかな居酒屋で、スーツ姿の男二人が夕餉をとっている。
二人席のテーブルに座っているのは、若い男だ。
ジョッキのビールを片手に、枝豆をつまんでいる。
若い男の対面に座る大柄の男は、強面の顔で味噌汁の椀を持っている。
眉間に皺を寄せ、強面に拍車掛けている男の視線は、手元の味噌汁に注がれている。
味噌汁の具は、至って普通のアサリだ。
出汁の効いたいい香りがしており、男が渋面になる要素は見受けられない。
いつまでも口をつけないでいる男に、若い男が声をかけた。
「何すか、兄貴。ここのアサリの味噌汁は〆に最高だ!とか、いつも絶賛しているのに」
体の調子でも悪いんで?
若い男が怪訝そうな顔をして、大柄な男の顔を覗き込む。
話しかけられた男は、深い溜め息をついた。
「貝を見ていたら、つい最近の失敗しちまったことを思い出してな」
「へぇー、兄貴が失敗。こりゃ珍しい。明日は雨かな」
若い男の軽口にも男は暗い顔をして乗ってこない。
「…で、どうしたんです?」
男は、味噌汁の中に浮かぶ貝をじっと見つめている。
その瞳は真剣で、怖い顔がますます怖くなっている。
「顔怖えですよ」とチャチャを入れたくなるが、やめておく。
この男がこういう顔をしている時にそんなことをしたら、命がなくなる。
命が惜しけりゃ、大人しくするが正解だ。
口を開くまで待つしかない。
居酒屋の壁にあるメニューの紙を意味もなく見て、時間を潰すことにした。
店内を取り囲む手書きのメニューを2周しても、男は口を開かない。
タバコでも吸おうかと懐に手を伸ばすと、味噌汁を見つめていた男と目があった。
懐に伸ばした手を引っ込めて、男の言葉を待つ。
男の瞳が左右に揺れている。
余程の覚悟がいるものなのだろう。
黙って成り行きを見守っていると、男は味噌汁をテーブルに置き、重たい口を開いた。
「おめえ、大切な奴を守るために悪人になったことはあるか?」
男の真剣な声に、若い男は首を傾げ斜め上の天井を見つめる。
記憶を攫ってみるが、思い当たるものは見つからない。
「無いっすね。てめえの身が何より大切なんで。…なるほど。兄貴は、“なった“んですね」
コレですか。
そう言いながら、若い男は小指をピコピコとさせた。
「違ぇよ!…ただ、良いなって思った、だけで…」
男の声は後半に行くに連れ勢いを失っていき、男たちの間に沈黙が生まれた。
「見苦しいっすよ、兄貴」
「…うるせぇ」
若い男のツッコミに、男は地を這うような声を出した。
「大切な人のために悪人になった兄貴は、今更何を後悔してるんです?」
あんたの事だから覚悟済みだろうに──そう続けようと思ったが、声には出さないでおいた。
命はやっぱり惜しい。
「俺、馬鹿だからよ。守りてぇのに、守りてぇ奴を傷つけちまった」
「…と、いうと?」
「あのな、話しかけられれば心は躍るくせに、綺麗な目で見られちまうと、自分が汚れているように感じてしょうがねえんだ」
赤子や心のきれいな人間が持つ、真っ直ぐな眼差しに耐えられない大人はいる。この男もそうなのだろう。他人事のように言っているが、自分もその口だ。
なるほど、と思いつつ男の話に耳を傾ける。
「綺麗なもんとかよ、こいつは自分にとって大切だなって思うもんに出会うと、自分なんかが側にいちゃいけねぇって思っちまうんだ。なんか、汚しちまいそうでよ。だから、俺といると危ねえぞ。汚れちまうぞって、脅しちまった」
男はそういうと呻き声をあげて机に突っ伏した。
十中八九、その時のことでも思い出しているのだろう。マンガのような黒い縦線が男の背後に見える。
見事な撃沈っぷりだ。
思わず笑いが漏れてしまった。
「アハハ、自ら嫌われる貧乏くじを引きに行ったわけですね」
「うるっせぇ、その通りだよ馬鹿野郎!どうせ俺は貧乏くじ引く馬鹿野郎だ、くそったれ」
男はヤケクソのように叫ぶと髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
自棄のやん八だ。
若い男は薄ら笑いを浮かべると、ビールを一口飲んだ。
口の中に広がる苦みに、苦笑が広がる。
「そう言いつつも、嫌われる理由を自ら作って安全圏も作ってるんでしょ」
若い男の言葉に、男は地獄の底のような声をあげた。
「おめえ、本当嫌な奴だな」
「こんな事を相手に言ってしまったんだから、嫌われてもしょうがない。そういう網を張っておくことで、いざ関係が崩れたとしても、仕方なかったんだと受け入れられる。…弱虫っすね」
「ほざいてろ。マジで大切なもんを前にするとな、人は弱くなんだよ」
恐怖の大魔王もかくやな声だが、若い男は柳に風だ。
「それで、兄貴の貧乏くじの話と貝がどう繋がるんで?」
「…貝ってのは、硬え装甲のような殻を持ってるのによ。それを好んで食う奴がいるじゃねえか。分厚い殻に穴開けて食う奴とかよ、こうして煮込んじまう奴とかよ」
男は味噌汁の中に浮かんでいた貝を箸で摘むと、味噌汁椀の蓋にカランと投げ入れた。
味噌汁の中で落ちたのだろうか、投げ入れられた貝にアサリの身はついていなかった。
「守ろう守ろうと防御しても、やられちまう。こういう奴らから守るには、どうすりゃいいんだ」
男の沈痛な言葉に、若い男は溜め息をそっとつくと、静かな声で男を呼んだ。
「兄貴」
「何だ?」
「守ろうとしなくて良いんですよ」
「は?」
「お相手にはお相手の考えがある。互いに敬意を持ってりゃあ、後は何とかなるんですよ」
若い男の言葉に、男は目を見開き固まった。
相手を守ろうとすることは、必ずしも正解ではない。
相手を思って空回りするくらいなら、素直でいた方が良いこともある。
わざわざ悪役を演じる必要は、ないのだ。
「それで、お相手との関係はいかがなもので?」
若い男の言葉に男はまたもテーブルに突っ伏すと、首を横に振った。
「…兄貴。泣かないでください。ここ、奢りますから」
「うるっせぇ!泣いてなんかねぇや」
喚く男のそばには味噌汁椀の蓋がある。
蓋の中では、貝殻が口を開けて笑っていた。
────────────────────────
貝殻
後日。
「鼻歌なんて歌って随分ご機嫌ですね、兄貴」
「おめえの言う通りによ、あの後、素直な気持ちってのを相手に晒したら良いことがあってよ」
「そりゃ結構なことだ。もう、空回りしちゃ駄目っすよ」
「わかってらぁ。大切なのは、相手への敬意と素直な気持ちだろ?」
「その通りっす」
本物を求める長い旅路の果てに
穏やかなひだまりを見つけた。
ここに暗い闇はもうない。
影に隠れず語り合おう。
この胸に宿る
素直な言葉で伝えよう。
ごめんなさい。
ありがとう。
嬉しい。
楽しい。
大好き。
この言葉の煌めきは
イミテーションではないよ。
そして、ずっと根幹にあり続ける
この言葉も。
貴方という存在の奇跡に感謝を──。
胸の内では貴方がくれた本物の光が
煌々と輝いている。
────────────────────────
きらめき
枕元のデジタル時計を見ると、ゾロ目が並んでいた。
寝起きの頭は、古の「キリ番」の文字を出してくる。
懐かしさと同時に湧き上がるのは、ささやかな高揚感だ。
ただ同じ数字が並んでいるだけなのに、何故こうも嬉しくなるのだろうか。
その答えは持ち合わせていないが、何となく良いものが見れたと微笑んでしまう。
駅へ向う途中の道では、百日紅がまだ鮮やかな色をして咲いている。
夏から秋まで咲き続ける花のバイタリティーには、目を張るものがある。
強い生命力がありながら、繊細な美しさもあるのだか素晴らしい。
心の中で百日紅に賛辞を送りながら道を進むと、植物が群生する空き地が見えてくる。
風の通り道でもあるそこは、この時期、賑やかな舞踏会が開かれている。
主役はビタミンカラーが晴れ晴れしい、キバナコスモス。
オレンジ色のフリルをフワリとさせながら、楽しそうに踊っている。
時折、飛び入り参加の蝶やトンボの姿も見られる。
愛おしい光景に心を洗われたなら、この後に待つ満員電車も耐えられるというものだ。
仕事でヘトヘトになって帰ってきたとしても、
お気に入りのソファーで甘いものをつまみつつ一服すれば、穏やかな気持ちは取り戻せる。
その際、推し達の投稿を見たならば尚の事心は癒され、明日も頑張ろうという気力が湧いてくる。
マイナスがあれば、それを転じる為のプラスが必ずある。
日々の中にある些細な事に目を向ければ、そこには小さな幸せが数え切れないほどあり、私たちの日常を彩っている。
────────────────────────
些細なことでも
真っ暗な闇の中で、小さな炎が灯っている。
ユラユラと揺れる炎は、時に大きく、時に小さくなりながら、枯れ木にしがみついている。
まるで、消えてしまうことを恐れるかのように。
傍にあった僅かばかりの枯れ葉をくべて、そっと息を吹きかける。
新しい拠り所を得た炎は、踊るように燃え出し、一時の勢いを取り戻した。
炎からパチパチと音が響いている。
その音に耳を傾けつつ、懐から青い石を取り出す。
ハート型をしたクルミサイズの小さな石だ。
かつてその見た目から「青い心」と呼んでいたそれは、子供の頃、誰かから渡されたものだ。
「決して無くしてはいけないよ」と言ってくれたその人の顔は、覚えていない。
ただ、もらった言葉だけは鮮明で「無くしてはいけないのだ」と幼心に思っていた。
誰にも言わず、ずっと隠し持っていたのだが──保管の失敗と経年劣化により──元のサイズより小さくなってしまった。
炎に透かすと、小さな石は複雑な青い煌めきを返す。
キラキラとしたその輝きは、見惚れるほどの美しさだ。
この石には面白い特徴がある。
炎に入れると燃料になるばかりか、石自身も輝きを増し、決して燃え尽きることもない──不思議な石だ。
炎に入れると美しい光も放つので、昔はそれが見たくてよく行っていたが──最近はご無沙汰していた。
パチパチと音を響かせていた炎から、音が消えている。
枝を燃やし尽くし、僅かな葉に縋る炎は、風前の灯といった様子で喘いでいた。
今にも消えそうな小さな炎の上に、青い石を置いてみる。
すると、一瞬にして青い炎が煌々と燃え上がった。
予想外な眩しさに驚いていると、遠くの方から呼び声が聞こえた。
どうやら、青い炎の明かりが誰かの元に届いたらしい。
青い炎の前に立ち上がり、声がする方に向かって応答の声をあげた。
────────────────────────
心の灯火