お祭り…。
小学生の時、夏祭りは楽しみの一つだった。
近所に公園が3つほどあったのだが、同じ日に夏祭りをするものだから夏祭りをハシゴすることもあった。
夏祭りで忘れられないエピソードと言えば、ラムネ早飲み大会だろうか。
夏祭り会場は、家から近い小さな公園だった。
小さいながらブランコなど遊具のあるエリアと、グラウンドのエリアに分かれている公園で、グラウンドの方が主会場となっていた。
2階建ての盆踊りのやぐらを囲むように露店が並び、中心の櫓から四方に向かって赤い提灯が吊るされていた。
まだ日が高かった為、提灯に灯りは灯っていなかった。
ジリジリとした日差しが、Tシャツから伸びる腕やキュロットスカートを履く素足を焼いている。
蒸し暑い会場内は、焼きトウモロコシや焼きそば、たこ焼き、綿あめど、美味しそうな匂いが代わる代わる生温い風に乗ってやってくる。
ユラユラと揺れる提灯と呼応するかのように、子供の笑い声も弾けている。
くじでもひこうかと会場内を歩いていると、学校の友人に会った。
終業式以来会っていなかった友人だったので、なんとなしに話をしていたら、ラムネ早飲み大会のエントリーチケットを手渡された。
参加予定だったが、用事が出来てしまった為代わりに出て欲しいという。
祭りをブラブラするだけの予定だったが、無料で炭酸が飲めるなら良いかと友人からチケットを受け取った。
ラムネ早飲み大会は、盆踊りの櫓の一階部分で行われる。
男女混合の年齢別で、トーナメント戦ではなく、純粋に4人の中で誰が一番に飲み終わるかだけを競うものだった。
勝者は名前を言っておしまい。
至って単純なイベントだ。
私の試合の時は、誰が居ただろうか。
記憶は曖昧だが、知らない男の子ばかりで女子は私だけだった気がする。
イベントスタッフさんにチケットを渡し、指示に従って櫓の階段を上る。
櫓の中には長机があり、ラムネが用意されていた。
ビニールの封は切ってあるが、ラムネのビー玉は嵌まったままだ。
スタートの合図と同時に自分でビー玉を落とさなくてはいけない。
司会者の女性がマイクでスタートの合図を切ると、私は勢いよくビー玉を押し込み、口の中にラムネを流し込んだ。
シュワシュワとした口当たりに、周囲の男の子達は息継ぎをしながらラムネを飲んでいるのだろう。時折カランという音が周囲から響いてくる。
傾け過ぎず、窪みにビー玉を引っ掛ければビー玉は邪魔をしてこない。
その知識は無かったのだが、ビー玉を揺らしている内にそこに引っかかったのだろう。
ビー玉に邪魔されることなく、スルスルとラムネが口の中に入ってくる。
当時、我が家はオ◯ナミンCブーム真っ只中だった。
ブームの火付け役は母親だったのだが、夏バテ防止になるからと1日1本飲んでいた。
オ◯ナミンCより炭酸が弱いなと思いつつ、一気にラムネ飲み終え、空ビンを長机に置く。
2位くらいかな?と思い周囲を見ると、男の子達はまだラムネを飲んでいた。
司会者の女性がやってきて、長机の前に出てくるよう指示された。
「お名前は?」とマイクをこちらに向けてくる。
そこで初めて私は、イベントを観る人達の視線に気がついた。
ラムネ早飲み大会の会場である櫓は、小学校低学年の身長と同じ位の高さがある。
大した高さではないが、会場を一望することが出来る。
記憶の中では大した人数がこちらを見ていたわけではないのだが、当時の私は衆目のある中でマイクを向けられるという状況が耐えられなかった。
マイクに向かって吐き捨てるように名前を言うと、ピョンっと櫓から飛び降り、脱兎の如く会場の外へと逃げ出した。
櫓から飛び降り、会場を走り抜ける時に包みこんでいたザワザワとした音は今でも忘れられずにいる。
夏祭りの中で、1等恥ずかしい思い出だ。
良い子は、櫓から飛び降りてはいけないよ。
かつて恥ずかしい思いをしたお姉さん(審議)と約束だ。
「フィボナッチ数列…フラクタル…黄金比…。この世界は本当、PCの様に数式で成り立っているね。いや、PCの方がこの世界を真似たのか。いずれにせよ、天才プログラマーがこの世界を作ったというのは変わりないね」
──世界は面白いねぇ。
他人事のように呟き、読んでいた本をパタリと閉じ机の上に置いた瞬間──眩い光に包まれた。
カラフルな色が飛び交う目を擦っていると、頭上からしゃがれた声が聞こえた。
「この世界に興味がおありかな?」
目を細め、声がした方へ顔を向けると、神御衣に身を包んだ──ハゲた髭面の爺さんが雲に乗っているのが見えた。
ご丁寧に後光のエフェクト付きだ。
白い空間の中を漂うその姿は、万人が思い浮かぶ「神様」のイメージそのままだった。
なんてベタで、あり得ない光景だろうか。
脳の冷静な部分が「ハゲって光るんだ…後光背負ってハゲ隠しのつもりなんだろうけど、頭のテカりヤバっ。電球じゃん。えっ、何ワット?」と現実逃避を始めた。
口をポカーンと開けフリーズしていると、雲に乗ったハゲ…神様は首を傾げた。
「お主、世界のことを知りたいのではないのか?なんでボーッとしとるんじゃ?ワシ、制作者じゃぞ?チャンスじゃぞ?…なんじゃ、思わせぶりな事を言うから出てきてやったというのに。なんも言わんのか。出てきて損したわい」
最近の若いもんは、板っペラにあれこれ聞くばかりで面と向かって教えを乞おうともせん。
神様は、しゃがれ声でまだブツブツと文句を言っている。
その姿は──雲に乗っていることを除けば──偏屈な爺さんに見える。
偏屈爺さんは文句を言っている内に、自身の中で不満を募らせ拗らせたのだろう。
「呼ばれ損じゃわい!」
顔を真赤にして突然怒鳴り声をあげた。
偏屈爺さんが乗る雲も、沸騰したかのような蒸気をあげている。
その姿は、とてもヒステリックだ。
怒鳴り声を食らった耳が痛い。
正直、関わるのは面倒くさそうだ。
しかし、聞き捨てならない発言があったのでこれだけは言っておかなくてはいけない。
「…呼んでません」
あなたが、勝手に、やって来ただけです。
冷静に一言一言、力を込めて言ってやると、偏屈爺さんは「確かに…言われてみればそうじゃな」とケロリとした顔で言った。
ピーピーと蒸気を上げていた雲も、綿あめのような雲に戻っている。
「でも、お主質問ないんじゃろ?」
ならば、ワシ帰るぞ。
神様はおざなりに言うと、薄っすらと透け始めた。
「あの、一応…質問あります」
「なんじゃい」
「この世界を作るにあたり、デバッグとかはどうやったんですか?デバッグに掛かった時間はどれほどですか?現在のような世界になることは、想定内なのですか?」
立て続けに質問すると、神様はニヤリと笑った。
「それは…秘密じゃよ。知りたくば解き明かしてみよ」
そう言うと、目を開けていられないほどの眩い光が辺りを照らし──再び目を開くと、そこは元居た部屋だった。
机の上には、神樣らしき人物に会う前に読んでいた本が置いてある。
本の隣にあるスマホを開くと、時間は5分ほどしか経っていなかった。
スマホを切り、息をスッと吸う。
「思わせぶりな事を言っておきながら、結局なんも教えないってなんだ!!詐欺かっ!!」
天井に向かって叫ぶと、しゃがれた笑い声が遠くから聞こえたような気がした。
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神様が舞い降りてきて、こう言った
博士はお人好しだ。
本社から無理難題を押し付けられても、誰かのためになるならばと引き受けてしまう。
「一度くらい断っては?」と私が進言した時も
「研究が還元されていくのは、僕の喜びでもあるから」
書き殴られたレポート用紙に膨大な資料、培地の山を築いた主は、寝不足で真っ黒なクマを目の下に作りながら、柔らかな笑みを浮かべていた。
目の下にクマを作った聖人など聞いたことないが、その笑みはまるで聖人のようで──空気に溶けて消えてしまいそうな儚さがあった。
その姿に、昔読んだ絵本を思い出した。
人の幸せのためならば自己犠牲をも厭わない──
「博士は──幸福な王子みたいですね」
ポツリと呟いた私の言葉に、博士はますます笑みを深め、目尻に細かい皺を作りながら、こう言った。
「幸福な王子ほど立派なことを、僕はしていないよ」
でも、幸福な王子みたいに誰かを救えたなら────僕は、幸せ者だろうね。
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テーマ「誰かのためになるならば」
囀る鳥が姿を消して1年になる。
囀る鳥の住処であった鳥かごは、去った鳥の影を思い錆ついた音を立てて泣いている。
鳥が住むべき場所に、独立変数という鳥でもないものが住み着いてしまったのだから、嘆きたくなる気持ちは痛いほどにわかる。
それだけだけならまだしも、元の持ち主から、現在の持ち主に替わる時、本来鳥かごが持っていた持ち味まで改悪されてしまったのだから──最早、かけるべき言葉も浮かばない。
囀る鳥が姿を消して1年。
それでも、元の鳥かごの姿を知る人々の中で囀る鳥は生きている。
囀る鳥がいつか、鳥かごの元に舞い戻ることを切に願っている。
「何を話そう」
「何を言ってはいけないのだろう?」
「この返事は正解?」
などと、思い煩う事はなく。
互いの間に流れる沈黙すらも心地好い。
好きなものが以前と変わっていたとしても、
君が君でいてくれるだけで十二分。
恋や家族愛、ファン心理とも違う
自分とどこか似ていてどこか違う
──そんな特別な人へ向ける愛情。
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テーマ「友情」