海を見ていた。静かに暮れてゆく、青い海を。
「……はぁ」
堤防に腰掛けて、私は大きくため息を吐く。うん、思い出したらまた泣けてきそうだ。
「なんであそこで失敗するかなぁ……」
今日は高校最後のコンクール、その中で、ソロを賜っていたんだけれども。
「はぁ……」
一番のハイノートを、思いっきり外してしまった。そして結果は銀賞。皆からは「まあいいんじゃない?」という声も聞こえてきたけれど、それでも私が足を引っ張ったという事実は変わらない。あ、また涙出てきた。
ひとしきり泣いて、涙の跡も乾いた頃。夕日に赤く染まる海に背を向けて、私は家路を辿り始めた。
ハンガーにぶら下がった半袖のシャツが、風に揺れる。その向こうには、青く広がる夏の空。
「……楽しかったけどさ」
水遊びなんて、いつぶりだろう。何も考えずに遊ぶのはそれはとても楽しい。楽しかったんだけれども。
「ちょっと、やり過ぎたね……」
濡れたシャツは、ちょっとやそっとじゃあ到底乾かない程度にびしょびしょになっていた。
庭にはビニールプール、蝉の混声合唱はいつの間にかヒグラシの合唱に変わって。そして、私の隣で疲れ切って、けれども楽しそうに、幼い「彼女」は眠っていた。
遠く、遠く。いつか夢見た、空の彼方まで。
「……よし」
薄いフィルムで隔てられたキャノピーの中、私は頷いて親指を上げる。さあ、行くよ。
モーターの回転数が上がって行くにつれて、プロペラの音も高く鳴り響いていく。
「……飛べ……」
ゆっくりと、機体が進み始める。
「……飛べ」
風を捕まえた翼が、機体を、私を押し上げていく。
「……飛べ!」
そして、幼い頃に夢見た青く輝く空へと、翼は、機体は、私は飛び立つ。気付けば、私の頬を涙が一筋伝っていた。
そうだ、やっと私はここに来れたんだ。
夏の匂いがする。耳に届くのは、蝉の混声合唱と遠く波の音。
「あっつい……」
自転車を漕ぎながら、私は思わずそう呟く。それもそうだ、道ばたの温度計は三十四度を表示している。
「前はこんな暑くなかったと思うんだけどな……」
聞いた話だと、昔は普通にエアコン無しで生きていけてたらしい。……無理だ。
そのうちに道は下り坂になり、肌に当たる風が少しずつ熱を冷ましてゆく。やがて、目の前には青く広がる海。潮風は強く、私の髪を揺らして吹き抜けて行く。
もしも、この風に色があるのならば。きっとそれは、青く輝いているのだろう。空を見上げて、私は澄み渡る夏の空気へ手を伸ばした。
例えば、だ。ああ、そんなに身構えなくていいよ。単純な、至極単純な仮定の話だ。仮に、君が永遠の命を求めたとしよう。まあ、君でなくても他の誰かでもいい。そこは重要ではないからね。もしも永遠の命があれば、万事幸福憂いなし、と言えるのだろうか?
……これは私の意見だ、異論はむしろあってほしい。私はね、その行く先は絶望だと考える。何故かって? 永遠に生きると言うことは、何があっても生き続けるのだろう? 例え、普通であれば、骨すら残らない溶岩の中や、呼吸すら不可能な海の中、果ては……これは極端だけれども、この惑星系がなくなってしまっても、永遠に「生きて」しまうのだから。
けれど、それでも。きっと、私たちは永遠を望むんだろうね。
それじゃあ、また。いつか、どこかでまた会おう。