美坂イリス

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6/2/2024, 12:51:41 PM

「正直に答えてくれ。お前にとって、俺はどんな風に見えている?」
奴――中学の頃からの悪友の唐突な言葉に、俺は思わず頓狂な声をあげる。
「どんな風って……どう言えばいいんだ?」
「どんなでもいい。ただ、お前にどう見えてるかが知りたいんだ」
ほう。何かよくわからんのだが、そこまで言うのなら。
「まるでこの世のものではないくらいに輝かしい」
「他には?」
「穏やかな顔をしている」
「ほう」
「どこから見ても完全に自由だな」
「そうなのか……」
だから。
「だから、そろそろ行った方がいいぞ。大丈夫だ、こっちはこっちで何とかする。いつかまた会うときにおんなじことをこっちから訊いてやるから……」
そこで、俺は言葉を切る。そして、誰もいないはずの虚空に拳を伸ばす。
「何にも心配すんな」

それは、俺が最期に奴に言いたかった正直な思い。あの日、鬼籍に入った悪友に、伝えられなかった言葉だった。

3/24/2024, 12:12:39 PM

今日の天気予報は晴ところにより雨、降水確率は10%だった。

「んあ?」
学校からの帰り道、晴れた空からぽつり、ぽつりと雨粒が頬に落ちてくる。ああ、天気予報当たったんだね。と言うか。
「傘持ってきてないんだけど……」
しかも、近くに雨宿り出来るような場所もないし。とりあえず、走ればいいのかな。
「せーのっ……っと?」
走り出す一瞬前。後ろからとん、と肩を叩かれる。
「……走るの?」
「うん、このまま濡れて帰ったら洗濯とか大変だし、玄関から私の部屋までのルートが傷んじゃうし、まああとはどうでもいいけど風邪ひくかも知れないし」
「風邪はどうでもいいんだ……」
真顔でそう言う私に、引きつったような笑顔を浮かべる彼女。
「ここ、入っていいよ」
彼女はさしている傘を指してそう言う。
「いいの?」
「ええ、このまま放って帰って風邪ひいたら大変でしょ?」
「それは別にそこまででも」
「いいから入りなさい」
あ、キレた。
「……ありがとね」
「構わないわよ、先生?」
彼女は、笑いながらそう言う。
「ほんと、ありがと」
誰にも聞こえない声で、私は呟く。

世界でたった一人の、愛しい妹へ。

3/12/2024, 1:29:43 PM

知りたい。もっと、もっと。

思えば、彼の人生は知ることに費やされてきた。彼にとっては、人生に意味などなかった。そして彼はこう考えた。『全てを知れば、或いは』と。

やがて床に伏せそれでも全てを知ろうとした彼は、今際の際にようやく気付く。

それ自体が、彼の人生の意味だったということを。

1/3/2024, 12:09:20 PM

山吹色に染まる街。私は、高台にある公園からそれを眺めていた。

今年は気温が高めとはいえ、一月の、ましてや夜明け直後の風は冷たい。よかった、使い捨てカイロも持ってきておいて。
「『見るべきものは見つ』、ってとこかな」
昨夜がりごりノートに書き込んでいた言葉が口をつく。まあ。
「討ち果たされるときなんだよねぇ……。この言葉」
一つ、ため息をつきながらそう呟く。源平の合戦、壇ノ浦。平知盛の言葉が、何故か私にはすとん、と胸に収まってしまった。
「じゃあ、帰ろうか」
踵を返して、家へ。伸びる影を見ながら、私は願う。

いつか、私がこの言葉を本当に口にしないことを。

11/28/2023, 11:05:58 AM

海に沈む夕陽が、水面にきらめく。そして、堤防沿いの道の少し先、みんなが大きく手を振っている。

ああ、これはいつもの夢だ。まだ、幸せだと思うことが出来たあの頃の。けれど、もうすぐ夢は覚める。朝日が昇れば消えてしまう、冬のはじめの風花のように。

ああ、どうか。神様でも、悪魔でもいい。この夢を、この現実を、終わらせないでください。

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