Amane

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3/20/2024, 3:15:18 PM

夢が醒める前に

少女が笑っていた。白い肌は光を反射して日陰にいるはずの俺さえも照らす。

俺はあの子を知っている。あの子が呼んでいる。
俺は走った。電車に長い時間揺られた。また走った。夏の暑さのせいで汗が吹き出ていた。ピーンポーン。軽快な音が俺の指先を通り抜けて、古い民家に届く。
「あら、たくちゃんじゃない。どうしたの?急に。」
聞き慣れた声。
「ばあちゃん、ちょっと入ってもいい?」
「もちろんいいけど……。」
「お邪魔します。」
「急じゃけ、なんにも用意しとらんわ。ごめんね。」
祖母は困ったような顔をしてスリッパを置いた。家は相変わらず古いけれど綺麗に整頓されていた。
「ばあちゃん、今日、ばあちゃんの夢を見たよ。」
「私の夢?そりゃあまたどんな夢ね。」
「ばあちゃん、今よりずーっと若くて髪がとても長かったんだ。」
「へえ。不思議な夢ねぇ。」
「……ばあちゃんさ、誰を見てるの?」
「何ゆうとるん?」
「ばあちゃんはいつも俺を見てないよ。俺を通して誰かを見てるんだ。俺、いや、その誰かを見てる時だけ夢の少女みたいな目をするんだ。」
「そんなこと……。」
「わかるんだよ。ずっと両親の代わりに俺を育ててくれたろ?すごく感謝してるよ。だけど、俺を見てほしかったよ。」
「そうかぁ、ごめんね。気づかんで。」
それからばあちゃんは青い思い出を語った。
「不思議なことがあるもんだねぇ。じいちゃんと出会う前に恋をした人がいたんよ。その人は先生で、私は教え子で。私が大人になったら告白しよう思っとった。」
黙って頷いた。ばあちゃんの声と風鈴と蝉が混ざって不協和音を奏でていた。
「でもね、その人は私が大人になる前に死にんさった。」
頷くことができなかった。
「原爆症、ゆうんよ。」
ばあちゃんはやっぱり俺を見なかった。
「たくちゃん、その人に似とるんよなぁ。初めて見たとき生まれ変わりだなんて思うてしまったんよ。ごめんね。」
「現実突きつけるようなことしてごめん。でも、ばあちゃんに伝えなきゃいけない気がしたから。」
「ありがとうね。たくちゃんは、やっぱり優しい子やね。」
帰り道、なぜだか喉元に刺さった骨がとれたような心地がした。ばあちゃんが死ぬ前に夢から醒めて良かったと思う。原爆症で死んだその人の顔も名前もわからないけど、そこにいるような気がした。

3/19/2024, 10:35:11 AM

胸が高鳴る

ドッドッドッ……
な、何だこれは。心臓が飛び出そうなほど激しく運動している。これが……恋!?

花屋で出会ったその子は日陰で蹲っていた。一人ぼっちの僕と似たものを感じて、放っておけなかった。でも、違った。君は陽の光を浴びて綺麗になった。毎朝、起きるのが億劫だった僕に希望をくれた。

 今日僕は、小さなサボテンへの恋心を自覚した。

3/19/2024, 8:06:14 AM

不条理

 世の中不条理ばっかだって、君が教えてくれた。

小学2年生、水泳を始めた。
後から始めた君は記録大会で金メダルを取った。
2年後、君は飽きたって言って水泳を辞めた。

小学5年生、平和の絵で入賞したのが嬉しくて、絵を習い始めた。
翌年のコンクールで君は金賞を取った。
中学生になる頃、君は絵のことなんて忘れていた。

中学受験をした僕を見て、自分も受験すると言い出した君。君はたった3ヶ月で、2年以上必死で勉強した僕を追い抜いて合格した。でも君は、そこには進学しないって言う。
「君と同じ学校に行くために受けたから、一人で通っても楽しくない。」
僕は知っていた。君は本心から言っている。君は皮肉なんて器用なこと言えない。


大丈夫。僕には努力を続ける才がある。
君はいつか堕ちる。君はその才能を活かす才能がなかった残念な人間。いつか、君が路頭に迷ったら助けてあげようか。そうしたら僕は完全に君を超えたことになるだろ?

3/16/2024, 3:36:05 PM

怖がり

「◯◯ちゃんは怖がりだから、私が守ってあげるね。」
臆病な私を守ってくれた彼女は天使。彼女のその言葉にいつも救われる。
いつしか外に出るのも怖くなった。でも、彼女がいるから。大丈夫、大丈夫。

ピロンピロンピロン
大量の通知に心臓もうるさく鳴り始めた。恐る恐るスマホを手に取る。
"引きこもりは甘え"
"働く気ないの?w"
"投稿してる暇あったら働けよw"
"悲劇のヒロインぶんな"
「あ、あああ……うるさいぃ!」
耳を塞いでいたけど、脳内で鋭い声が反芻してしまって目が回る。
インターホンが鳴った。彼女だ。
耳を塞いだまま、這いずるように玄関に降りた。
「し、しおり!しおり、助けてぇ……。」
「どうしたの?落ち着いて。」
「ご、ごめん……。」
画面を見せると、しおりはふふっと笑ってこう言った。
「なんでこんな投稿したの?もー、◯◯ちゃんは怖がりで何にもできないんだから、こんなことしなくていいのに!言ったでしょ、私の言う通りにすればいいんだよって。」

あ、そうだ、そうだった。なんでこんなことしたんだろ。私は無能な人間で、だけど彼女だけが私を必要としてくれてるから、彼女の言うことだけ聞いてればよくて、

あれ、そうだっけ?いつから、私は無能になった?なんで、全部怖くなったんだ?なんで?

その時しおりの笑顔を見て気づいちゃったんだ。あ、この子は天使なんかじゃない。天使みたいに白い肌や歯を光らせて笑ってる悪魔だ。私はこの子の人形なんだ。しおりは初めて会ったときから遊んでるだけなんだ。

「ごめん、しおり!私ちょっとでかけてくる!」
「え?」
しおりの笑顔が消えて困惑したように目を見開いていた。
「そんで、帰ってきたらハローワークに行くんだ。」
「な、何言って……」
「だからさ!しおりはもう来なくていいよ!」
私は地黒の肌と黄ばんだ歯を光らせて、とびっきりの笑顔を彼女に向けた。

3/15/2024, 4:23:30 PM

星が溢れる

『隣の星のあなたへ』
靴箱を開けると独特な字体の手紙が落ちてきた。
もちろん、信じたわけではない。ただどうしようもなく現実が退屈だったから、暇潰しに返事の手紙を書いた。
『不思議なことに宇宙人も日本語を喋るんだね。』
一通目は、ノートの切端を千切って靴箱に入れた。

二通目は、二言。三通目は三言。
そうして手紙の枚数が増えた頃、知らない下級生に声をかけられた。
「あの、その手紙の子、普通の子ですよ笑」
小馬鹿にしたような口端に苛立ちを覚えて、靴箱を乱暴に閉めた。
「そう。ところでなんで君は手紙のこと知ってるの。」
目も合わさずに問う。
「いやだなぁ、怒らないで先輩。本人から聞いたんですよ?」
「あっそ。」
別に本気で信じていたわけじゃない。
嘘か真かなんて、この際どうでもよかった。
ただ、君と私という特別な関係に第三者が関わることが許せなかった。あの後輩や君にとっては簡単なことかもしれなかった。それが途轍もなく私を苦しめる。

それからしばらく、手紙が来ることはなかった。
私の中で君が薄れ、退屈な日々が何事もなかったかのように帰ってきた。


ゆーきをつばさにこーめてー きぼうのかぜにのりー

最後の手紙も、ノートの切端だった。
『今夜、星を溢すから見ていてね。』
なぜかわからないけど、インクが紫色に滲んだ。
天気予報は大雨。厚い雲に覆われた空はびくともしない。でも、私は祈った。星が見たかった。君のいる星を、君がこぼした星を。

ポツリ、雲の隙間に光るものがあった。
「……星だ。」
雲が裂けていく。無数の星が、光る、光る、光る。
その時、本気で生きていてよかったと思った。君と出会えてよかったと、思った。

『隣の星の君へ。いつか会えるなら、たくさんの星を抱えて行きます。ちゃんと待っているように。』

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