Amane

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夢が醒める前に

少女が笑っていた。白い肌は光を反射して日陰にいるはずの俺さえも照らす。

俺はあの子を知っている。あの子が呼んでいる。
俺は走った。電車に長い時間揺られた。また走った。夏の暑さのせいで汗が吹き出ていた。ピーンポーン。軽快な音が俺の指先を通り抜けて、古い民家に届く。
「あら、たくちゃんじゃない。どうしたの?急に。」
聞き慣れた声。
「ばあちゃん、ちょっと入ってもいい?」
「もちろんいいけど……。」
「お邪魔します。」
「急じゃけ、なんにも用意しとらんわ。ごめんね。」
祖母は困ったような顔をしてスリッパを置いた。家は相変わらず古いけれど綺麗に整頓されていた。
「ばあちゃん、今日、ばあちゃんの夢を見たよ。」
「私の夢?そりゃあまたどんな夢ね。」
「ばあちゃん、今よりずーっと若くて髪がとても長かったんだ。」
「へえ。不思議な夢ねぇ。」
「……ばあちゃんさ、誰を見てるの?」
「何ゆうとるん?」
「ばあちゃんはいつも俺を見てないよ。俺を通して誰かを見てるんだ。俺、いや、その誰かを見てる時だけ夢の少女みたいな目をするんだ。」
「そんなこと……。」
「わかるんだよ。ずっと両親の代わりに俺を育ててくれたろ?すごく感謝してるよ。だけど、俺を見てほしかったよ。」
「そうかぁ、ごめんね。気づかんで。」
それからばあちゃんは青い思い出を語った。
「不思議なことがあるもんだねぇ。じいちゃんと出会う前に恋をした人がいたんよ。その人は先生で、私は教え子で。私が大人になったら告白しよう思っとった。」
黙って頷いた。ばあちゃんの声と風鈴と蝉が混ざって不協和音を奏でていた。
「でもね、その人は私が大人になる前に死にんさった。」
頷くことができなかった。
「原爆症、ゆうんよ。」
ばあちゃんはやっぱり俺を見なかった。
「たくちゃん、その人に似とるんよなぁ。初めて見たとき生まれ変わりだなんて思うてしまったんよ。ごめんね。」
「現実突きつけるようなことしてごめん。でも、ばあちゃんに伝えなきゃいけない気がしたから。」
「ありがとうね。たくちゃんは、やっぱり優しい子やね。」
帰り道、なぜだか喉元に刺さった骨がとれたような心地がした。ばあちゃんが死ぬ前に夢から醒めて良かったと思う。原爆症で死んだその人の顔も名前もわからないけど、そこにいるような気がした。

3/20/2024, 3:15:18 PM