田中 うろこ

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3/22/2025, 10:04:29 AM

『bye bye…』

「ほんじゃすいません、ありがとうございます」
「気ぃつけて帰れよ」
今日も仕事が終わる。肉団子のような体型でチャキチャキ早足で帰るものだから面白くて仕方がない。スーツケースをガタガタ鳴らしている。
机の上に散らばった書類の山を片付け、端に寄せる。すると何やら見覚えのあるものが。
「これ……アイツのスマホやん……」
電話をしようにもしようがない。どうせ明日も来るのだろうから、とりあえず置いておくのが吉か。ともあれ自分ももう少し残っている作業があるので、もう1時間残る。

「すんません!!俺スマホ忘れましたよね!!」
「おう、気ぃつけて帰れよ」
おおよそ二十分後、会社のインターホンに見慣れた顔が映る。すぐそこにあったスマホを渡してすぐにドアを閉じる。
何か引っかかる感触があった。

「これ……あいつのスーツケースやない?」
たしかにいつもはリュックだけだし、今日もリュックは背負っていたから、忘れていくのも無理はない。無理こそない。アホかアイツ。

「すんません!!! 」
「気ぃつけ〜」
今度は五分と持たずに帰ってきた。さすがに失ったものの大きさには気がついたのか、額には脂汗が滲んでいる。いかにもオイリー。

「あれ、もしかして真田さん残業ですか?」
「ああ、ここだけや。頼まれてな。ちょうどええわ、お前手伝え。お礼もしたるから。」
「ほんまですか? じゃあ手伝ったりますわ」
謎に偉そうなのがこの丸太坊主の特徴である。しかしまあ、わかる仕事ならそこそこ早いのが腹立つ。わからん仕事覚えるのはクソほど時間かかるけどな。

「おお、早く終わった。あんがと」
「いやいや。ところで、お礼ってのは?」
「お前が忘れ物してへんか心配やから一緒に帰ったるわ、喜べ丸太坊主」
「どこがお礼やねん!!」

そうして、今度は俺が電車の定期券を忘れて、結局予定通り残業した時と同じ帰宅時間になってしまったとさ。全部あの丸太坊主のせいである。

3/20/2025, 9:46:18 PM

3/18/2025, 11:39:18 AM

「なあ、大好きって感情、わかる?」
「……」
まつ毛を伏せてため息をひとつ。コートの裾がへたれこんで床につく。流し目が酷く寂しい。
「オカンは優しいし、オトンは僕がこんなことしてても全く怒らない」
「ええやん、別にそれは」
「けど大好きって言えるほどじゃないんだよな」
「俺は?」
「…………好き?」
「そこは大好きって言えや」

3/17/2025, 1:50:43 PM

叶わぬ夢だと知っても諦めきれない苦しみ。
好きになってしまったものは仕方がない。分かってる。そんなことは分かりきった話なのである。
「真田さんは猫飼ってはるんですね」
「おう。」
そんな自慢の男前の隣、それもお家にお邪魔している。そして白に黒ぶちの可愛らしい毛玉を愛しげに抱いている姿を拝むことができている。目尻なんかもう下がりに下がってしまっているし、こんな真田さん、昔の付き合いでキャバクラ行った時以来だ。
「ホンマはもう飼わんでええかなと思ってたんやけどさ、ほらやっぱ、また拾ってもうて」
「拾ってきはったんですか?」
「おん、軒下で血まみれになって落っこっとったこの子がほっとけなくて」
そうメダカちゃんを見る真田さんの目は、一瞬険しくなって、また慈しみに戻る。
「優しいすね」
「サナダは優しいにゃ〜。うん、せやろせやろ」
「メダカちゃんに言わさないでくださいよ」
両腕を上げてキメポーズをする(させられてる?)メダカちゃん、それでも嫌そうじゃないのも、真田さんの扱いが上手だからだろう。

「そういや真田さん、"また拾った"って言ってはりましたよね? 前も何匹か拾ってたんですか?」
「はっ、お前気づいてへんのかい」
「え、なんか飼ってましたっけ真田さん」
「お前を拾って会社入れて立派に育てたやん」
「…………(口があんぐり開いている)」
「いやあ、あん時のお前に付きっきりで色々教えて飼い慣らしたのホンマに大変やったし、ここまで立派になって俺も嬉しく思ってんで?」
「……………………(開いた口が塞がらない)」
「あんときのお前ほんまにブルドッグみたいやったで、ちっちゃくて。太くて。」
「……俺のこと人だと認識してます?」
「してる、してるよ、今は」

こういうところが魅力だし、魅力なんだけども。やっぱり叶わぬ夢ってものはあるらしい。









めちゃくちゃ頑張れば真田さんの隣にい続けるルートもあります。が、今のところだと永遠に忠犬のルートです。まずはメダカちゃんに勝つ所から始めましょうね、ブルドッグさん。

2/24/2025, 4:42:36 PM

現実とは酷く苛烈であり、より辛く、より滑稽な事実を作り出すらしい。花吐き病とは耽美の代名詞であり、チビでデブの俺とは真逆の言葉である。しかし、俺は今タクシーの中で小さな赤い花弁を吐き出した。花吐き病に罹患した。

運転手さんに乗り物酔い用の袋を貰って事なきを得たが、袋の中には色鮮やかな花弁がちらほらへばりついている。吐瀉物のツンとくる匂いではなく、花の香りがしてきて、余計にせりあがってくる。気持ちが悪い。俺の気持ちも込みで全部。

「真田さん、好きな人おるんでしょ」

紙袋を握りしめてタクシーを出る。家の前で涙を堪えて立ちすくむ。想い人には想い人が居る。そんな当たり前のことが辛い。ましてや自分はチビのデブ、上手くいくはずもない。二人の夢も叶えられていないのに、じわじわ寿命が縮む怖さに手先が悴んできた。溢れた涙がメガネのレンズに溜まる。何も見えない。未来も何も。そうしてうずくまって泣いていると、頭がクラクラしてくる。きっと絶望的なぶさいくだ。やってられない。

目が覚めると白い天井がそこにあった。点滴の匂いとサラサラとしたシーツ。知らない所だった。
「おう、やっと目ぇ覚めたか」
「さなださん?」
身じろぐと手に温もりを感じる。真田さんの手は骨ばって綺麗な手。指も長くて美しい。
「もういい?汗でしっとりしてんねんけど」
「いやいいっすよ、頼んでへんし」
「あそう、でもまあ生きててよかったわ」

『生きててよかった』そうやっていってもらえるぁけで御の字なのだ。

瞬間肺の奥が苦しくなる、どんどん異物がせりあがってくるのが分かる。そういえば俺花吐き病なんやった。首を抑えて悶えても、もうすぐそこまで来ている。

「おいお前大丈夫か?!」
「お"え"っ」

真っ赤な一輪のバラが丸々出てくるなんて。

「お前、花吐き病やったんか……なんかお前、一生治らんかもな、えっと……どんまい」

でもそんな所が好き、好きになってしまった俺の負け。

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