田中 うろこ

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11/29/2024, 1:25:27 PM

冬の始まり

秋が来ると一気に過ごしやすくなる。夏ほど暑くなく、冬ほど寒くない。たまにどちらか寄りになるのを何度か繰り返すと、いつの間にか冬になっている。冬の始まりは、若干肌寒い。
「ヒートテックどこしまったっけ〜?」
そして今、朝出かける前なのに探し物をする始末。たしかここら辺にやったから、あと少しで見つかるはずなのだ。
「あ? 今日見つけなくてもいいだろうよ、別に」
「やだよ! もしもっと寒くなったらやだ」
自分でも分かる、寝ぼけていて語彙が少なすぎること。ヤダしか言わないなんて子供みたい。
「そんなタンスの中身ポイポイ出すなよ」
「いいもん、自分で後で片付けるし」
しない。絶対にめんどくなって頼む羽目になる。
「ガキのフリするな、お前29なんだろ?」
「うぐ……」
夏場に着たヘンテコなTシャツを握りしめながら見上げると、そこには去年ぶりに顔を合わせるヒートテックの姿が。さっすがー!!
「え、どこにあったの?」
「さっき投げてたよ、裏地グレーだから気づかなかったんじゃね?」
そう言いながらも、しっかり黒い面が上になってるあたりさすがとしか言えない。
「ありがとう〜!」
「うっせ、さっさと行くぞ」
こういう時、恋人ならヒートテックが無くても、人肌で暖めてやる。とか言うのかな。
「俺の手、ヒートテックであったかいから、協会まで繋いでいかない?」
「……俺別に寒がりじゃないけど」
「お礼みたいなものだよ」
「気色悪いなあ、お礼になるかよ」
そう言いながらちゃっかり、手をぎゅっと握りしめてくれる。この強い拳が、誰より暖かくて、心強いんだよ。

11/29/2024, 5:29:47 AM

「私たち、卒業したらバラバラだね」
「まあ、そだな。俺もこんなとこ来る用事そうそうないしな。」

11/23/2024, 3:30:02 AM

「俺たち、夫婦で言ったらさ」
「お、おん」
「どっちがどっちになるんだろうな」
「いや、どう考えてもお前が嫁じゃね?」

「確かにさあ、俺は女だよ?」
「うん、そりゃそうだよ」
「けどさ、料理はお前のが美味いじゃん」
「お前料理できねぇから」
「俺だってやればできる! けどお前が全部やってくれるから成長しなかったの!」

「オレらそもそも両方タキシード着たしな」
「だって俺ドレス似合わないもん」
「そりゃそんなに背が高けりゃな」
「別に北斗がドレス着れば良かったんじゃない? はは、スレンダーだからきっと似合……う……」
「想像して笑ってんじゃねえか!」

「由樹はさ、どうしてオレにしたの?」
「うーん、お前とならどこにでも行ける気がしたから。何しててもうまくやれそうだし」
「お前はどんな壁でも殴り飛ばしそうだけどな」
「でも手当てはお前がしてくれなきゃ」
「別に捨てて帰ってもいいんだぞ?」
「照れるな、俺を見捨てられないことも知ってるから」
「……………………」
「やっぱ北斗が嫁かぁ〜?」
「北斗晶みたいだからヤダ」

おわり

11/5/2024, 12:40:12 PM

一筋の光

私にとってのあの子だ。夜の帳がゆっくり降りて、星の光たちがあたりにきらきら足をつける。その中でも一際輝く満月みたいな優しい光があなただ。愛しいよ、苦しいよ。だって朝が来たら行ってしまうじゃない。笑って次の夜を迎えられないかもしれないじゃない。

それでもあなたのことだけは、いつまでも満月のままでいてと願う。他者への祈りは傲慢な呪いと同じだ。だけど、暖かい光と冷たい空気が許してくれているような気がした。そんな澄んだ夜が好きだ。あなたが好きだ。

(片思い中のポエムなのでした)

11/4/2024, 1:46:29 PM

『哀愁を誘う』

寒風が吹きすさぶ季節に食べるおでん、それも仕事終わりに食べるものは一味違う。なんて言ったって疲れた体に、暖かいつゆが染み渡る。屋台も少なくなってきたこの世の中で、この高架下で食べるおでんが一番好きだ。

冬。雪に、みかんにこたつ。いろいろ思い浮かべる人も居るだろうが、俺にとってはマスターのいる屋台とおでんが冬だった。これがやりたくて春夏秋と耐え忍ぶ。別にそれまでに屋台が開いてない訳じゃない。春に焼き鳥夏に漬け物、秋のラーメンも乙だ。だけど、高架下にたどり着いたあの日をいつになっても思い出すため、俺には冬が必要だった。

「てか、マスター今年おでん出すの早くない?」
「お前毎回それ言うよな。オレが寒くなったらおでんのつゆを炊いてんだわ、文句言うでないよ」

十月も終わりごろ、今年も寒くなってくる。しかしまあ、早いよ。もう十月終わってんだもん。

「ハロウィン過ぎてさ、もう霜月なんだし良くね? オレももうおでんで加湿したくて……」
「別にガラスープでも保湿できるでしょ」

ハロウィン終わったとか言わないでよ、マジで。おじさんもう季節が一瞬で過ぎちゃうんだから、こないだ冷やし中華食ったばっかだよ。

「でもオメー、ウチのおでん好きじゃん」
「……それを言われるとぐうの音も……」

そう言って、マスターが震える手でいつものを出してくれた。玉子、こんにゃく、牛すじとウィンナー。寒さに弱いのに、マスターは絶対に店を出さない。

「ウィンナーなんてどこで食べても同じなのに、良くウチに来よるねえ」
「……なんででしょうね、落ち着くんですよ」

マスターと会ってからもう、二十年近く経つ。すっかり金曜日の夜はここに来ることに慣れてしまった。しかし、俺ももうおじさんだし、マスターはもうヨボヨボだ。

「玉子、今日ちょっといいやつだよ」
「……ほんとだ、黄身が赤っぽい」

季節が過ぎるのがもっともっと早くなれば、マスターが居なくなったその時も、すぐ忘れられるんだろうか。寒風が吹きすさぶと、決まってマスターは出汁割りを俺と一緒に飲んでいた。きっと、新卒の俺にはそれが嬉しかったんだ。

思い出を捨てきらない日々に吹く風は、哀愁を誘って病まない。毎日屋台があった場所には、花弁が舞っている。

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