あんなふうに青く透き通る空と、雲の中でもひときわ重く、白く、大きく質量を持った入道雲をサイダーにしたらどんな味がするのかしら。
太陽は真っ赤なチェリー。
琥珀糖でも綺麗さは負けてないけど、ちょっぴり甘すぎるかな?
空はやっぱりベースのサイダー。
爽やかにライチかレモンを香らせたラムネがいい。
入道雲はたっぷりのソフトクリーム。
雷がいっぱい詰まっている雲だから、パチパチ弾けるラムネ菓子を散りばめる? それとも、柑橘系のソースを雷みたいに垂らしてみる?
なんだか、喉が乾いてきちゃった。
自販機にでも行ってこようかな。
『入道雲』
環境を変えること。
それは効果的なリフレッシュ方法の一つだ。
鬱々とした気分を、刺激のない単調な日常を、見慣れきった世界を変える。ドライブにしろ旅行にしろ、終わったあとは頭がすっきりクリアになっているだろう。気分の換気といっても良いかもしれない。
けれど、どうしようもなく私はインドアな人間なので、そういうときはとりあえず書店や図書館に行くことにしている。
ここではないどこかに行くこと。
つまり、現状から意識を反らすこと。新しい風を吹き込めればいいのだから、何もわざわざ本当の未体験に飛び込むこともないかな、と思うのだ。
読書は、物語は、常に私を未体験の世界に連れていってくれる。
石畳と緑の融和した魔法と剣の世界、荒廃した未来世界、薄暗がりに恐怖が潜む世界、甘くときめく青春の時間、呼吸すら忘れるような怪奇事件。
表紙は世界の扉だ。
戸を叩いて飛び込めば、私は現実なんてすっかり頭から追い出して、滑らかに綴られた世界に魅力されている。
そうして、本を閉じて現実世界に戻るとき。
私はふぅっ、と大きいため息と一緒に身体と心に溜め込んだストレスを吐き出せるのだ。
さて、次は何を読もうかな。
『ここではないどこか』
歳を取れば取るほど、「光陰矢の如し」なんてことわざが身に染みてくるようになった。
代わり映えしない毎日を続けているうちに、いつの間にか桜が散って、向日葵が太陽を向くようになって、紅葉が色づいて、椿が落ちる。
そんなこんなしていたら、周りの人たちはいつの間にかライフステージを進めているし。いつそんな時間を捻出しているっていうんだろう。
私、置いてかれてる? じりじり、じわじわと心を焦がすこの感じ。やたら張り切ってる焦燥感が私を急き立てる。時間は有限だ、なんて厳しい顔をしながら。
「……今年こそはせめて、ダイエットだけでも、成功させようかな……」
……なんて、焼き餅つつきながら言うことじゃないけど。とりあえず、これ食べたら。これ食べたら、スクワットやろう。食べ終わったらね。
そして私は半年後、全然変わっていない体重計の数値を前に、目標を改めることになる。
まずは会員制のジムに登録するところから始めよう……と。
『一年後』
私たち、双子じゃないけど。
でも多分、ニコイチだった。
だから、私今から会いに行くね。
ううん、追いつきにいく。
地獄でも天国でも、どんなところだって私、貴女と一緒なら幸せ。
世界のことも嫌いじゃなかったけど、だって片割れが無くちゃ何も楽しくない。
「大好きだよ。」
『あなたがいてくれたから』
淡くて、小さい、可愛い花弁の下に
───毒を持つ。
淡い紫が似合うあの子もちょうど六月生まれ。
ああ、もしかしたら。
園芸ばさみが、茎を断つ。
ばつん、ばつん、ばつん。
鬱屈してるのは、天気だけ?
散らばった緑の葉っぱだけがペールトーンの部屋の中でやけに色鮮やかだ。
いつの間にか回りきった葉っぱの毒が、化学反応で私のことを変えちゃったのかもしれない。
首だけになった紫陽花を花瓶に活けながら、ぼんやりそんな事を考えてみる。
細切れになった葉っぱと茎は、ちり取りで集めて、ごみ箱に捨てた。
『紫陽花』