小さな明かり一つさえ、スマホで事足りてしまう今の時代。現代っ子の私にとって、蝋燭は蚊取り線香と同じくらい縁遠いものだ。
そして、何か特別な日にしか灯らない。
特別の光だった。
例えば、誕生日ケーキに刺さった小さい蝋燭。
今にも消えそうなほど小さいのに、何故かなかなか消えなくて、必死で息を吹き掛けた。
停電の時に引っ張り出されもしたっけか。
普段の食卓なのに明かりだけが違って、揺らめく暖色の光の中、すごく胸がどきどきしたのを覚えている。なんだかちょっとロマンチックだった。
噂には聞く法事なんかとも縁遠いから、蝋燭の灯火を見て瞼の裏をよぎるのは、そういう少し非日常でわくわくしてしまうような想い出ばかり。
だからかな。
小さく揺らめく火の暖かさと、ブルーライトとも別の眩しさが時折恋しくなるのは。
百物語なんかに使われるくらいだから、その寿命が短い、儚ささえ感じさせる光に、きっと昔の人達も何かを感じていたのかな。そうだといいな。
それじゃあ私のお話、聞いてくれてありがとう。
ふう、と一つ。私はゆらゆらと煌めく非日常の灯火に息を吹き掛けた。
『キャンドル』
つやつや桜色のポリッシュ。
薄塗りでも艶が出るし、血色が良い暖かそうな指先になれるお気に入りの色。
これとパール、それから白のフレンチラインを引いたネイルでお花見したんだよね。
偏光ラメ入りのシアーブルーのポリッシュ。
角度を変えれば、ちらちらと赤や青の光が見える。シアーカラーだからグラデーションも作りやすくて好きな色。
グラデーションを活かしたシェルのネイルで行ったのは夜の海。天の川が綺麗だったのを覚えてる。
とろっと重たいテラコッタカラーのポリッシュ。
色素をたくさん含んだ液は少し重たくて、たっぷり液が付くからひと塗りでしっかり色が乗る。
ちょっとシックにマットトップを塗ったワンカラーネイルをして、紅葉狩りに行ったんだ。お揃いの色が可愛かった。
キラキララメ入りアイシーホワイトのポリッシュ。
純白の中でキラキラとラメが輝いて、まるで雪空のよう。ちょんちょん、と筆でつつくようにしてラメを足すと更にキラキラになる。
キラキラのラメと小さなリボンパーツでフレンチガーリーなネイル。散りばめたラメがイルミネーションの光でより煌めいていた。
私のポリッシュコレクション。
一つ一つの色に、たくさんの思い出がある。
次はどんなネイルにしようかな、なんて考えながら私はまた可愛いが詰まった小瓶を取るのだった。
『たくさんの思い出』
か細い声で、必死になって鳴いているあなたを見つけたのは完全な偶然だった。
薄汚れた小さな段ボールの中で、私の両手のひらくらいしかない小さな小さな身体全部を使って、懸命に生き延びようとしてるあなたが、あんまり可哀想で、それであんまり可愛いから、無理を言って家族に迎えてもらったのをずっと覚えてる。
抱き締めた体は小さくてふわふわで、暖かかった。
「みぃ!みぃー!」
「なあに? みいちゃん、ごはん?」
みいみい鳴くからみいちゃん。
我ながら安直な名前。でもかわいいよね?
寒い日は、もう寒くないようにって一緒に寝たね。いつの間にか、私があなたを連れてくより早く、お布団にスタンバイしてるときもあった。
すごく嬉しかったよ。
みいちゃん。
みいちゃん。
「大好き、」
私の涙声の後、小さな声でみいちゃんが鳴いた。
「……いかないで」
ふす、と小さく鼻を鳴らす。
みいちゃんのお腹を撫でる私の手を、尻尾がするりと撫でていった。
ねえ、みいちゃん。
あなたと、わたし
『また会いましょう』
ススキ。
秋っぽい木が紅葉や銀杏で、秋っぽい花が金木犀なら、こいつは多分秋っぽい草の代表格だろう。
日の光を受けて金色に輝く穂のノスタルジーな美しさが、いかにも秋らしい侘しさを感じさせてくる。ほのぼのというよりは、少し切なさのような物を含んでいるのだと思う。それは秋を感じれば、一年の終わりが脳裏を掠めるからかもしれない。
とにかく、ススキは秋っぽい植物だ。
でも最近気づいたけど、私が今まで道中で見かけて「おぉ、秋だ……」と思っていた植物はススキではなかったかもしれない。
どうも『オギ』という名前のススキによく似た植物があるらしいのだ。そしてこれもススキより遅れはするが、同じく秋ごろに穂を付けるらしい。
ススキと違ってふわふわしているらしいけど、遠目からではそんなの分からない。専門家でもないからなおのこと。
難しい。植物って難しい。
そういえばクローバー(シロツメクサ)と思ったら、カタバミだったこともあった。
絵で見るクローバーの葉はハートの形をしている。そしてカタバミの葉はなんと絵で描かれるクローバーそのままの形なのである。緑のちまくて可愛いハートが放射状に広がりながらくっついている。シロツメクサより余程クローバーをしている形だ。
なので幼少期の私はせっせとカタバミの中から、ありもしない四つ葉のクローバーを探していた。あんまりだ。可哀想すぎる。クローバーなんてお洒落な名前で呼ぶからそうなるのだ。四つ葉のシロツメクサに改名しろ。
幼少期の私が可哀想で健気で泣けてくるが、このいわば植物に騙された思い出というのは、思い返してみればちょっと滑稽で面白くて悪くないかもしれない。「ええ!? 違ったの!?」という衝撃も、そう何度も体験出来るものじゃないし、本物を見た時は何だか感動すら覚えられる。
これは似た物が無ければ体感できない記憶だ。そう考えると、なんか悪くないな……と思えてくる。なんか、パチモンなんて呼んで悪かったな。
ススキとそして秋の持つノスタルジーな雰囲気のせいか、つい過去に浸ってしまった。
たまには、そんな事があっても良いのかもしれない。もう年末も目前だから。
残りわずかの一年を、私はどのようにして使いきろうかな。
『ススキ』
「みいちゃん! みいちゃん!」
ああもう、うるさいわね。
そんなにたくさん叫ばなくたって、ちゃんと聞こえてるわよ。だって私、あんたよりずうっと耳がいいんだから。
いつの日か、ちっぽけなねぐらで泣いていた私を抱き上げてくれた小さな手を思い出した。
まあ、小さいって言っても当時の私の体を包んじゃえるくらいではあったけどね。
でも、その小さな手は柔らかくって暖かくて、それでふんわりいい匂いがしたのを、ずっと覚えている。あと、小さいわりに力が強かったのも。
「みいちゃん私がお姉さんで、みいちゃんは妹だからね!」
私はあっという間にあんたより大人になったってのに、そんなことも言ってたかしらね。でも、あんたの妹ってのも存外悪くは無かったわよ。
寒い季節が来る度に、あんたは私を決まって暖かい場所に連れ込んだ。知ってるわよ、おふとんって言うんでしょ? あんたに抱きつかれてて、身動きは取りづらかったけど、でも暖かくて心地よくて。伝わってるかどうか分からないけど、私、あんたのおかげで寒いのが怖くなくなったのよ。誇りなさいね。
「みいちゃん、みいちゃん!」
ほんとに騒がしい子ね。
仕方ないからそのびしょびしょの顔、舐めてあげる。妹に世話を焼かせる姉なんて、あんまりいないんじゃないかしら。知らないけど。
「みいちゃん……ありがとう……」
そんなの、こっちの台詞よ。
「大好き……」
私もよ。
「みいちゃん、いかないで……」
そんなこと言われても困るわよ。
でもほんと、仕方ないんだから。
仕方ないから、すぐ戻ってきてあげる。
ねえ、だから待ってなさいよ。
あんたは姉で、私は妹なんだから。
こんな姉を見ててあげられる妹は私くらいだもの。
だから、あんたはまた私を見つけてね。
『あなたとわたし』