やりたいこと、か。
あるにはある。例えば読書とか。
美味しいお茶と美味しいお茶請けなんか用意して、ゆっくりまったり、ベストセラーのミステリー小説とか読んじゃって。うん、素晴らしい休日。
ただ、これをしようと思うとまず美味しいお茶とお洒落なお茶請けを買ってこないといけないし、というか小洒落たティーセットとか持ってないし、あとは何かいい感じのエンタメっぽいミステリーも買う必要があるから、ショッピングに行かなくちゃ。
そもそも、お洒落に寛ぐにはもう少し部屋を片付けないといけないんじゃない?
気ままな一人暮らしのワンルームは、最近仕事が忙しかったこともあって、脱ぎっぱなしの服やらが散乱しちゃっている。うーん、ちょっといい感じの休日とは遠い有り様だな。
そうなると、次の休日でやらなければならないことは、まず部屋の片付けということになる。
部屋を片付け、ショッピングに行き……そして、ようやく優雅な読書タイム。
なんだか気が遠くなってきた。
うん、とりあえずショッピングと片付けは別日に分けようかな。仕事で疲れてるし。
こうして、また私のお洒落な休日は遠退いていくのであった。
『やりたいこと』
期間限定甘夏バニラか、或いは定番商品のストロベリーか。悩むこと、かれこれ五分は売場から動けないでいた。
期間限定、素晴らしい響きだ。これを逃すともう食べないであろう予感に思わず手を伸ばしたくなってしまう。しかし、定番のストロベリーの美味しさは間違いない。絶対に外れない、それが定番商品の強みというべきか。
形状が違うのもまた悩ましさに拍車をかけていた。
甘夏バニラはカップアイス。甘夏ソースとバニラアイス、甘夏アイスの三位一体が売りのプチ贅沢アイスである。対するストロベリーはソフトクリームだ。しかもコーンはワッフルコーン。以前食べて、ちゃんと先までアイスが詰まっているのを知っている。
価格はややストロベリーの方が安いが、グラム比で言えばさほど変わらない。
甲乙つけがたいとは、まさにこの事。
ランニングでじっとりと汗を吸ったシャツを乾かすついでの軽い休憩の筈が、こうもしっかり悩んでしまうとは、空腹時のスーパーとは恐ろしいものである。
腕時計を見れば入店から既に十分が経とうとしていた。もう、いい加減に決めなければならない。
「ありがとうございましたー。」
さらっとした店員の挨拶に背中を押されながら、俺は足早にスーパーを後にした。向かったのは近くの寂れた小さな公園だ。空いてたベンチに腰かけて、俺は早速レジ袋の中身を取り出す。
包装のビニールを破って、それから大きくかぶりついた。出来立て、というだけあってまだ仄かに温かい。
結局、俺が買ったのはお惣菜のおにぎりだった。
新発売だというそれはボリュームを重視しているらしく、俺の拳よりちょっと大きいくらいの大きさで、しかも中の具は唐揚げ丸々一個という中々にハイカロリーなおにぎりなのだ。
おにぎりにした決め手は三つほどある。
まず、一つ目。俺がアイスを買いたかったのは涼むため、というのが大きかった。しかし、当然の話だが十分も冷房の効いた室内に居れば、身体の火照りは充分に治まる。
そして二つ目、こうして涼を取れた俺の身体が次に訴えるのは空腹だった。ランニングなんかすれば、腹が空くのは自然の摂理。
そんな中、店内に響く店員の声。
「出来立ておにぎり、いかがですかー?」
これが三つ目。もう無意識で脚がそちらに向かっていた。そして俺はその中で最もカロリーの高そうな唐揚げおにぎりを手に取っていたというわけである。
公園に広がるジューシーな肉の香り。
夢中になって食べていると、足先に何かが当たった感覚があった。
「ん?」
食べる手を止めて、下を見る。
「にぃーー!」
真っ直ぐな目でこちらに何かを訴える小さな毛玉がそこに居た。俺の手のひらくらいの子猫だった。
そいつは俺のことを丸い目で見つめながら、にぃにぃ元気に鳴いている。元気というか、けたたましくが正しいかもしれない。
近くを見渡すが、親猫の影は見当たらない。
そもそも物がない公園なのだ。植え込みなんてお洒落な物は無いし、小さな滑り台とブランコ、あとはベンチが少しというくらいしか無い。寂れるのも納得の物の無さである。こいつは一体どこに隠れていたのだろうか。
痩せ細った小さな体躯で俺に何かを訴えてくる子猫。もしかしたら、育児放棄をされた猫なのかもしれない。俺のところに来たのは、たぶん唐揚げの肉の匂いを嗅ぎ付けたんだろう。
残りのおにぎりを口に詰め込んで、うす黒く汚れた埃っぽい身体を抱き上げる。もうちょっと走るつもりだったが、予定変更である。
帰ったら、まずは賃貸の契約書を確認して、それからこいつの飯を買いに行かなくては。
調べる事、やらなければならない事。それらが小さな毛玉の襲来と共にたくさん降って湧いてきた。
何の予定もない休日が、途端に慌ただしくなる気配がする。それでも、さっきのおにぎりなんかよりずっと暖かい手の中の毛玉を思えば、なんてことない。
いや、むしろ口角が上がってすらいる自分がいた。
『岐路』