【時計の針】
23回も会っているのに私は
彼を覚えていない、らしい。
短期型の記憶脳だからこそ
いつも新鮮な気持ちでいるけれど
嫌なことなんてすぐに
ポイっと手放してケロっとできる
そんなおひさまみたいな自分が大好きだけれど。
「今日はこれで23回目です」
すれ違う時にぶつかった肩に
「ごめんなさい」と言った時
彼はニコッと笑ってそう言った。
どこか懐かしい気がしたけれど
今日1日で23回も会えたなら
明日は、もっと仲良くなれるかもしれない。
次に会えたら、彼と写真を撮ろう。
せめて顔だけでも覚えていられるように。
あれカメラどこにやったかな?
確かここの引き出しに……
あ!ラッキー宝くじみっけ!
当たってるか見てみよう……
あれ、私、なにをしたかったんだっけ?
まあいっか!
もうすぐ新しい自分になれる。
また1日が始まるわ⭐︎
【後記という名の言い訳】
短針ちゃんは記憶が定着しずらいので
覚えていられません。
0時を過ぎるとその日の記憶も
なくなってしまいます。
長針くんはきっと何度も何度も
巡る中で彼女の性質を知り、
どうしたら覚えてもらえるか
毎分毎分、四六時中
考えているのだと思います。
【溢れる気持ち】
私の自覚する愛着障害というのはとても厄介で、それこそとても説明がしづらいものである。
境界線を超えて自分のテリトリーにしてしまったものに関しては、悲しく虚しい依存をする。
それがないと呼吸ができない、わけじゃないとわかっていても自分の生命線のように離れられなくなってしまう。
手にとってから、手にしたことに気づくこともある。
ああ、また大切なものが増えてしまった。
自分でできる意識としては
「自分が思っているほど自分は必要とされていない」
「お前の代わりはいくらでもいる」
そういう所謂、言われたらきついことを自分で抑制剤のように言い聞かせる事だけだ。そうすることで過度な執着を切り離すことができる。
周りから見たら最後の最後で自信がない人、言葉の重みがない人に見えているかもしれない。
自分の耳に優しい言葉を学ぶために自己表現を始めたところもある。
だってこれは自己満足の上で自分を開示して「意外と考えているじゃん」と言ってもらえる可能性を秘めているからだ。
ここでも期待をしてしまう浅ましい人間である。
理解してもらうつもりはない、君はきっと同じ重さの想いが通じたと思っているかもしれないが、違う。
まるで、違う。
天秤が水平になるように、100:100に見えるように振舞っている。本当の姿は天秤の天板、その台座にぼたぼたとヘドロのような沼ができている。
身勝手な期待と打算的な演出が天秤の足場から水平を奪っている。これが溢れる気持ちなのであれば、誰に見せられる物でもない。
花村萬月は言った「お前のゲロだったら、きれいに舐めてやるよ」そんなバカ、どこにいるのだろうか。そう言いつつまた期待している。執着とは、未練とは、厄介なものである。
抱擁。
お互いの吐息で
呼吸をしているような近さ。
目と目が合うような距離もなく
体温を共有している。
「これもキスみたいだね」
「なにが?」
「……わかんないなら、いい」
拗ねたような声とは逆に
首の後ろにかけられた
両腕の力は、強まった。
2人の間には肌しかない。
甘やかな香りが動く。
深く呼吸をすると
もともと1つの塊であるかのように
二人は揺れる。
左肩の辺りに収まっていた彼女の
湿り気を帯びた声が届く。
「して、くれないの?」
そう言って顔をあげ
左頬を擦り合わせてくる。
「なにを?」
わざとそう、口にした。
瞬間、首にかけられた腕の力が
ふにゃと緩み、溶けるように彼女が動く。
頬とも、唇ともつかない場所に
はっきりと何かが触れた。
試すような態度をとったことを
後悔した。
素直じゃないタイプに弱いのは俺の方だった。
【KISS】
1000年先も変わらないものが、あるのだろうか。
我が国初のスマートフォンは2008年に発売された【iPhone3G】そこからたった16年で普及率は90%を超えてきている。テレビの前身である、ブラウン管による電子映像実験は1926年に行われた。世界初、日本で行われた偉業であったが今やテレビ離れが加速している。
「僕はつまらないかな」
『つまらないかどうかは理解しない』
「じゃあどうして僕は1人なんだろう」
『……1人と仮定したとして、貴方がつまらないからと結論するのは短絡的なのではないか』
違うな。つぶやいて手元のレバーを少し捻る。チャンネルを合わせるようにカチカチと。
「僕はつまらないかな」
『つまらないかどうかはわからない』
「じゃあどうして僕は1人なんだろう」
『1人でいることが寂しいのかい』
ちがう。つぶやいてさらに手元のレバーを捻る。今度はより繊細に、金庫のダイヤルを合わせるように。
「僕はつまらないかな」
『どうだろうね』
「じゃあどうして僕は1人なんだろう」
『ぼくを見つけられないからじゃないかな』
「……そうか、ごめんよ。きみは僕で、僕もぼくだったね」
自分のこめかみから突出したレバーを捻る手を止めて、目を瞑る。情報をより効率的に収集するために自己分裂を繰り返した結果、自身の中に別の存在がいるような、回路を感じていたがそれは母体から伸びた手足だった。
もとより我々は呼吸も鼓動もない。目を瞑り電気信号の停止を【選択】するだけ。人間のように苦痛や葛藤なんて理解する必要がない。始まりと終わりが自然の営みとともにあることは非効率である。奇跡を待つなんて生命というのは実に不確実なものである。……深層部にエラーを検知する。概要には【code:MIREN】とメッセージが表示された。今の僕に検索検討する回路の余剰はない。
僕の思考は緩やかに止まっていく。メモリー消去が完了するまであと8%。自分で選択したこれが【終焉】
欲しい言葉を思考し試行し、自分への最後の餞を選択するAIがいたとしたらなんていう言葉を探すんだろう。
1000年先、人間がAIに取り込まれること、AIだけが生き残り、自身を人間と錯覚して生きること、僕のように人間性を少しだけ残して焦がれるAIがいたりしたら、そんな妄想をしている。
わ るいとおもってるなら
す ぐにあやまってよ
れ んらくもくれなかったくせに
な によいまさら
ぐ レーな関係
さ っさと終わらせましょう?
勿忘草の花言葉
【わたしを忘れないで】
人って未練ばかり。