一緒にお仕事してるおじいちゃんは今年60歳になったらしい。隣の席の先輩兄ちゃん(私より2つか3つ上か?)はおじいちゃんのことが気に入らないらしい(確かに仕事に時間はかかっていることは否定できない)。しかし人の評価をするからには!と、私もあれこれ考えてしまってため息が出てしまうが、そんなこんなで、この3人での仕事はもう2年目になる。
おじいちゃんはとてもおおらかな人なんだ。仕事をしていて嫌なことがあるといつもおじいちゃんの寛大さに場が和まされているような気がする。考えていた悪いことがふっと真っ白い煙のかに消えていって、そんなに大したことではないじゃないかと考えを改めさせられる。おじいちゃんという存在は私のような未熟な人間にはなくてはならない存在なんだと思う。どんな人生を歩んでどんな苦しみに耐えたらそんな素敵な人間になれるのだろう。そう考えると自分のこれからがすこし楽しみだ。
競争社会、プライドやこだわり、人を蹴落とすことでしか自分の価値を見いだせないように見えていたこの社会、見方を変えれば別世界だとしたらどうしてそれをしないだろうか。時間?お金?社会人始めたばかりじゃないか。まだまだ時間はあるお金なんぞどうにかなる。後悔なんてなにしたってするもんだ。
意気込みバッチリ。明日からまたがんばりましょい。
#1000年先も
急に腹立たしくなって、まだ2月なのに早く年が明ければいいのにとか考えて、過去のことを思い返して後悔して、歳を取ることも、死んで忘れられることも怖くなくなって、全部がどうでも良くなって、気付けば涙が出てきて、だから布団に押し付けて天井を眺めて、一息ついて、またスマホの画面を見つめる。
全部きっと生理のせいだ。いつもそうだもん。って言い聞かせて。そしたら全部解決した気になって、彼も納得して、元から心配もしてないだろうけど、安心したって言ってもう隣で寝息をかき始めてる。友達ってどうやって作るんだっけ。何が楽しみなんだっけ。私にはこんなに何もなかったのか。つまらない人間。皆いなくなればいいのに。
#勿忘草
やや、この世界は ?
んー…私の世界は小さいですが、、
3ヶ月前くらいにお引っ越しをしてまた少し世界が広がりました。引っ越しとはいいものですね。以前住んでた場所、以前の職場は懐かしい場所に変わります。その場所にたくさんの思い出がにあるとまた帰りたいと思う時がくるかもしれないので、なくなってほしくないです。
実家の自分の部屋の窓から見える川の景色が少し変わりました。草が生い茂っていました。私は、好きだった焼肉屋の肉の香りより、野鳥がいるかどうかを意識するようになりました。
地元、大学、留学先、以前の職場、これからもまだまだ思い出の場所ができる一方で、それはつまり新しい場所や事への挑戦でもあるんだな。歳を取ると昔の友達を大事にしなければと思い始めるのは彼らが私の断片的なストーリーを繋いでくれるからかな。皆の世界を覗きたくなるものだ。
#この世界は
アメリカの一家庭の動画を観ていたら、なんと13人も子供がいたんだ。私は3人兄弟の真ん中の長女だったから何人も姉妹がいるのがとてもうらやましかった。学校から帰ると彼女らの動画を観て一緒に踊ったりした。その後にふくらはぎが筋肉痛になるのが嬉しかった。
#色とりどり
4限の体育の授業のために体操服に着替えて体育館まで向かう。3年1組の教室から出てすぐの階段、ではなく、図書館の前を過ぎて一番体育館に近い方の階段から降りると2階と1階の間の踊り場、人通りが少ない場所に私の絵は飾ってある。足音が聞こえてこないのを確認してその踊り場で立ち止まり、隣に飾ってある絵と比べてみる。やっぱり私のが一番だ!誇らしい気持ちで体育館へ向かう。
なぜだろう絵を描きたいと思い始めたのは最近。授業であんなに褒められたのに、あんなに美術の時間が楽しいと感じていたのに、いつの間にかクレヨンを、絵の具を手放してしまっていた。夕焼けに映る建物のシルエットが綺麗だと感じた時、写真に撮ったカワセミの羽が青くて鮮やかで美しいと気づいた時、これを自分で表現できたらと思う。しかしいざ描いてみると、自分のイメージが形にならないもどかしさに、何を描こうとしたのかわからなくなる。描くことは難しいこと、のようだ。
#手放した時間