白玖

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4/27/2023, 1:54:31 PM

[生きる意味]

「姉さん、おはよう。今朝ごはん用意するから待ってて」
挨拶をすませて朝一番に台所に向かう。
起きてきたら二人分の朝食を用意する、これが俺達姉弟の毎朝のルーティン。

「ご馳走様。今日は沢山食べてくれて良かった。片付けたら今日何しよっか」
「あ、そういえば1000ピースのジグソーパズル買ったっきり手つけてなかったんだけど一緒にやる? うん、じゃあ後で部屋から取ってくる、あ、今取ってくるから少し待ってて」

「はー……」
未開封のジグソーパズルを手に取ると、途端に溜息が漏れる。想像してたよりもずっと姉さんとの生活は俺の精神までも蝕んでいっているようだ。ある境を切っ掛けに姉さんは精神を病み失声症となった。医師の話では一時的なものらしいが、もう一年近く姉さんの声を聞けていない。前はうるさいくらい元気だったのに、今じゃ声と一緒にあの笑顔すら消えてしまった。
元気になって欲しいと、昔の姉さんに戻ってほしいと心の底から願ってる。だって今も昔も、俺の生きる希望は姉さんだけだから。
けれどそう考える反面、今の姉さんとの生活が俺自身そろそろ限界に達しているのも気付いてる。

昔、こんな言葉をどこかで見た。
『幸福は笑顔を維持できるかどうか』だと。
『家族の笑顔はその指標になる』とも。

なれば、愛する人の笑顔に触れられない今の生活は到底幸福とは呼べないものになるのかもしれない。でもだからといってこの地獄に姉さんだけを置いてけぼりになんて、出来るはずがない。どれだけこの生活が苦痛に満ちようとも限界に達して壊れかけても、俺から逃げ出すことは決してない。

人はこれを生き甲斐と呼ぶのだろうが、これはそんなお綺麗な感情なんかじゃない。
ここにあるのは『死ねない理由』でしかない。
姉さんのいる暗闇から姉さんを救い出す、ただその義務感で俺は貴女に笑いかける。いつか貴女が元の明るく優しい、俺の大好きだった姉さんに戻れるように。

「お待たせ、姉さん」

4/26/2023, 11:16:11 AM

[善悪]

「俺がもし悪い男だったらどうする? 俺はお前が思ってるような男じゃないかもしれないよ」
壁際まで彼女を追い詰める。簡単に触れ合える距離で俯いているのはたった今、愛の告白をしてきた俺の可愛い可愛い後輩。残業後、珍しく一緒に帰ろうと誘ってきたかと思えば終始黙りこくって、ようやく口を開けば俺を好きだと言ってきた。別にこいつに対して恋愛感情なんてないが、薄暗い街頭に照らされた路上で顔を赤らめてる後輩をほんの少しだけ誂ってみたくなった。
「仕事が出来て、優しくて? 厳しい部分はあるけど認めてあげるところはちゃんと認めてあげる。お前に見せてる顔は全部偽物で、仕事中の俺しか知らないのにお前は俺の何を好きだって言えたの?」
「わ、わたし、は……」
普段は人を寄り付けないクールな態度を気取ってるくせに捲し立てられると途端に何も言えなくなって悔しげに涙を堪えるのも知ってる。だって、お前は俺の可愛い後輩だから。髪で隠れて見えないけど、今だってそう。
「っ!!」
顎を掴み強制的に顔を上げさせる。別に痛みつける趣味はないけれど出来るだけ今の『台詞』に相応しいよう少し強めに。
「この状況でもさっきと同じこと、言える?」
言えないならそれでいい、冗談だったと誤魔化して全部無かったことに出来る。ほら、お前には言えな――
「わ、私、は…ど、んな先輩でも、好きって、言えます」

自然と指から力が抜ける。
「―――、俺は、お前にとって善い男じゃないよ」

「良くても悪くても、私が好きになったのは、先輩ですから」
「…………ばーか。冗談言ってないでさっさと帰るぞ」
額を軽く小突いて冗談めかして笑う。最初からこの告白を真剣に受け取るつもりはなかった。けど――

(……やられた)

4/25/2023, 10:58:42 AM

[流れ星に願いを]

「そういえば、君はもう知ってるかい?」
「何がです? というか先輩まだタスクいくつも抱えてるじゃないですか、雑談してる暇あるんですか」
僕の言葉に水を差されたのか、キラキラと輝いた目から一変して拗ねた顔を見せてくる。拗ねてる顔も可愛いからやめてほしい。
「い、いいじゃないか、適度な休憩は効率アップの定石だろう? なぁ、少しくらい先輩の休憩に付き合ってくれてもバチは当たらないだろう?」
仕方ないですね、と口にすればまた先輩の目が輝く。全く、そこまでして僕に聞かせたい話ってなんなのか。
「今日流星群が降るらしいんだ!」
「あぁ、オリオン座流星群でしたっけ」
「なんだ、もう知ってるのか」
「SNSもどこでも結構話題ですからね、そりゃぁ知ってますよ」
「そうか……」
「え、それだけ?」
流星群のことを教えたいだけだったのか、と拍子抜けはしたものの普段の先輩はどこか抜けてたことを思い出した。仕事は出来るくせに本当、何なんだよこのギャップは。反則だろ。
「はぁ……。で、先輩は何を願うんですか?」
「あぁ、考えてなかったな。そうだな……」

「君が、私に振り向いてくれますように……って願おうか」

「なっ!?!!!??!」
条件反射で先輩の方を振り向くと、彼女は楽しそうに笑っていた。

4/24/2023, 1:30:36 PM

[ルール]

気怠げな空気の中で、貴女は緩慢な動きで俺の手に触れる。
「どうかした?」
「……違うなぁ、って思ったの」
「違うって、何が?」
「あの人の手と、君の手は違うなぁ、って」
「どう、違うの…?」
「君の手は私を愛してくれる、やさしい手。大好き」
貴女と目が合い、どちらともなく唇を重ね合わせる。
ただ唇を重ね合わせるだけの子供騙しの口付けが、さっきまでの行為よりも気持ちが良くて、ずっとこうしていられたらいいのに。
「俺も貴女の手が好きだよ」
この指先で求めている人が俺じゃないとしても、貴女が俺を捨てたとしても貴女を愛し続ける。想い続ける。
隣に居られなくても、触れられなくても、俺は貴女が好きだよ。きっと二度と貴女以上に愛せる人と出会えない。
(だから、どうか……)
彼女に俺の想いが悟られませんように。
そして、どうか。

どうか、俺への罪悪感を貴女が抱きませんように。


『ルールを決めようよ』
『そう、私達の中の唯一で、絶対的なルール』
『何かって?』

『別れる時は、必ず私を憎むこと』