ただいま、夏
「行ってきます!」
ランドセルを背負って家を飛び出した僕は、お母さんの「飛び出しちゃダメよ!」の声を背中に聞いた。
そして通りをやって来た車にはねられた。
9月1日、新学期の朝のことだ。
今年の夏休みは最高だったんだ。
海へ行って、川でキャンプして、新しいゲームソフトを買ってもらって、花火大会にも、映画にも行った。
そして9月、僕が事故に遭うはずの日、起きたらまた夏休みが始まっていた。
「いいのよ」とお母さんは言う。
「何度でも繰り返すの、お母さんがそう願ったんだから」。
今日から夏休み、明日は海、来週はキャンプ。
永遠の夏に、僕はまた帰る。
ぬるい炭酸と無口な君
突然現れた鎧兜の武者に、恐ろしい顔で詰め寄られた。
“貴様、あの娘を真実愛しているか、否か?”
ええと……困ったな。
真実ってその時のその人だけのものですよね。
状況変わったら本人でも分からなくなるし。
でも今僕は彼女が世界一大切で大好きで、それじゃダメですか?
武者はむうと唸り、無言のまま鬼の形相で消えてゆく。
ああびっくりした。
僕はぬるくなった炭酸を一気に飲み干し、冷や汗を拭った。
あの答えで良かったのか悪かったのか、彼女の守護霊はえらく怖そうだ。
波にさらわれた手紙
お祖母ちゃんが若いころ、月夜の浜辺でセルキーに出会ったの。
二人は深く愛しあったけれど、やがてセルキーは海へ帰って行った。
お祖母ちゃんは待って待って諦めて、普通に人と結婚して赤ちゃんが生まれた。
それが私のママなの。
……待ってて、手紙を出したりしなかった?
だって海の底だよ?
どんな手紙も波がさらってしまうわ。
……そうじゃなくて。
僕は黙り込む。
バッグの中の、大伯父の黄ばんだ日記帳を思う。
この異国の海へ、彼は戻って来るつもりだったはずだ。
あんな事故に遭うとは思ってもいなかったのだ。
少女と僕は波打ち際で、白いレースのように泡立つ波を眺める。
届かなかった思いも真実もみんな、波が美しく消してゆく。
8月、君に会いたい
“その後変わりありませんか?
近々遊びに来ませんか?
8月中 良ければ1週間以内にどうでしょう?”
“久しぶりー いいけど何企んでるの?笑”
あからさま過ぎたか……と、私は返信メッセージを見て笑う。
でも1日も早く、パイナップル好きの彼女に会いたい。
キッチンには二つの立派な丸ごとパイナップル。
訳あって買いすぎたけど、家族はあまり喜ばなくて、私もそこまで得意じゃなかった。
調べたら冷蔵庫で1週間、カットして冷凍で1ヶ月しかもたないらしい。
美味しいうちに早く来ませんか。
眩しくて
朝、ギラギラ発光している東の窓へと忍び寄る。
なんて殺人的な眩しさだろう。
ここは開けないでと言っているのに、私より早起きの夫がまた、うっかり開け放して行ってしまった。
怖い…日焼けが、シミそばかすが。
意を決してカーテンに飛び付くと、なぜかレールに引っ掛かって閉まらない。
まだ日焼け止めを塗っていない手に、顔に、ジュッと凶暴な陽が焼き付く。
「ギャー」
この時ばかりは無惨様にちょっと親近感がわく。