波にさらわれた手紙
お祖母ちゃんが若いころ、月夜の浜辺でセルキーに出会ったの。
二人は深く愛しあったけれど、やがてセルキーは海へ帰って行った。
お祖母ちゃんは待って待って諦めて、普通に人と結婚して赤ちゃんが生まれた。
それが私のママなの。
……待ってて、手紙を出したりしなかった?
だって海の底だよ?
どんな手紙も波がさらってしまうわ。
……そうじゃなくて。
僕は黙り込む。
バッグの中の、大伯父の黄ばんだ日記帳を思う。
この異国の海へ、彼は戻って来るつもりだったはずだ。
あんな事故に遭うとは思ってもいなかったのだ。
少女と僕は波打ち際で、白いレースのように泡立つ波を眺める。
届かなかった思いも真実もみんな、波が美しく消してゆく。
8/3/2025, 1:01:34 AM