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5/8/2025, 5:05:44 AM

木漏れ日

 両側に大きな街路樹が並ぶ、見通しの良い一本道に差し掛かった。
新緑の木々が揺れて、木漏れ日がガラス越しに降り注ぐ。
 助手席では母がずっと、ある人の悪口を言っている。
運転に集中しつつも真面目に受け答えしていたが、いつまでも終わらないのでもう相槌を打つだけにした。
 細く開けた窓から柔らかい風、ラジオからは爽やかな音楽、煌めく木漏れ日。
こんなに心地好い昼下がりなのに、母の悪口は対象を代えて延々と続く。
 何かに心を囚われている人は、周りの美しさなど何も目に入らないのだなぁ…と思う。
そしてそんな母を疎ましく思う私もまた、心を囚われている。
こんなにも輝く春の日なのに。

5/7/2025, 4:42:25 AM

ラブソング

 人生で一度だけ、ラブソングの歌詞を書こうとしたことがある。
友人の彼氏がアマチュアバンドをやっていて、オリジナル曲の作詞を頼まれたのだ。
メンバーに歌詞を書ける人がいないからと、本好きというだけでなぜか私に白羽の矢が立った。
 テキトーでいいから、いつでもいいから、あ!ラブソングでお願いね!
とお酒のノリで何となく話が決まり、テープを渡されたものの、私はすぐに頭を抱えることになった。
 曲は何だかとてもガチャガチャしていて、サビもよく分からない。
夜な夜な悩んで、どうにか言葉を絞り出したころ…。

 なんと友人が突然彼氏と別れてしまった。
そのまま作詞もうやむやになって二十年。
「あの時はホントにごめん、今思い出しても腹が立つわ」
という友人は、今だに元カレの当時の浮気を許していないようだ。
 どんな歌詞を書いてくれてたの?と笑いながら聞かれるが
「覚えてないよー」
と私も笑って答えている。
 はい、本当は覚えてます。
♪真夏の恋 焼けた喉 僕を潤す冷たい刺激 君はサイダー♪
…的なことを書いてました、早く忘れてしまいたい。

4/29/2025, 12:50:13 PM

好きになれない、嫌いになれない

 スーパーへ買い物に行くたびに夫が
「アイス買う?」
と聞いてくる。
夫はアイスが大好きだが、私は大して好きでもない。
食べたいなら買う?と言うと、いや別にいいよ、と答える。
 結局二つ買って帰ると夫はすぐ自分の分を食べてしまって、後から私が
「じゃあ私も食べようかな」
と言うと、「うんうん」となぜかとても嬉しそうな顔をするのだ。

 きっと自分だけが食べたいからではなくて、私も食べたくて買ったことにしたいんだろうな…と思うけれど、その理由は分からない。
 ただあんまりにこにこ嬉しそうなので、何となく私もアイスが好きな気分になってくる。

4/28/2025, 3:22:19 PM

夜が明けた。

 ストーカー気質の僕の彼女は、いつも
「私からは逃げられないよ」
と言う。
 そういう言葉にゾッとする人も多いだろうが、僕は全然平気だ。
束縛が強いのも気にならないし、マメな連絡も苦になるどころか嬉しい。
 それにこれは例え話ではない。
彼女はテレポーターなので、実際にいつでもどこでも僕の所へ飛んで来れるのだ。

 ちなみに僕は今、山中を遭難中だった。
サークル仲間との退屈なトレッキングではぐれてしまい、気づけば電波も届かない木、木、木ばかりの山奥。
本来なら心細くて仕方ないところだが、遭難を知ってすぐ彼女がテレポーテーションで来てくれた。
 熱いスープを僕に手渡しながら
「一人でしか飛べないダメな能力者でごめんね。この場所も地図で特定出来なくてごめんね…」
そう言って、しょんぼりうつむく彼女はとっても可愛い。
 尾根筋で二人で毛布にくるまり星を眺めていると、まるで世界に僕らしかいないみたいだ。
残念だね、もうすぐうっすら夜が明ける。

4/28/2025, 3:33:45 AM

ふとした瞬間

 彼女は最近悩んでいる。
ふとした瞬間、息子の顔がぐにゃりと歪んで見えるのだ。
二人の孫たちの姿も、ヌメヌメした緑色に見える。
目を擦ったり瞬きすれば戻るのだが、このところ頻繁なので、少し不安になり
「歳のせいかしらねぇ…」
そう言うと孫たちは笑い飛ばすし、息子は気のせいだよと優しく言ってくれるのだが…。

 さてその夜、密談する三つの影があった。
ヌメヌメした緑色のエイリアンたちだ。
 ―どうも屈光シールドが壊れたらしいぞ…精度が悪くなっている…
 ―シールドは我々の命綱だ…すぐ母星に連絡を…
 ―やってみたが…そちらで対応しろとのことだ…
 ―何だと…またか…もうやってられんな…
 彼らは潜入工作員。
異星で危険な成りすまし任務を行っているというのに、いつもながら上層部が無責任すぎる。
 やはりどの星でも、トラブルは現場に丸投げのようだ。

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