「こっちに恋」「愛にきて」
恋人たちの休日は、朝のLINEから始まる。
―おはよう 晴れてるね どこか遠出する?
―いいね どこで会う?
すぐにでも出かけたそうな、でも実は二人ともまだそれぞれのベッドの中だ。
のろのろ起きて、ゆっくりコーヒーを淹れて、音楽を聴いて、動画を見て、何だかんだで気づけば昼。
―ちょっと遅くなったから もうこっち来る?
―うーん そっちこそ 会いに来たりしない?
二人は似た者同士、かなり強めのインドア派なのだ。
気持ちはあるけど本当はどこにも出かけたくない、でも恋人には会いたい。
映画を観て、ネットショッピングして、ゲームをして、部屋で楽しくダラダラしながらも、相手が今ここにいてくれたらなぁ…と寂しく思っている。
そんな二人がどちらからともなく、一緒に住む?という話になり、理想の休日を過ごすようになるのは、まだ少し先の話だ。
巡り逢い
ツバメの夫婦が、新居の内見に来ている。
電線と家の玄関を行ったり来たり、巣作りの下見のようだ。
ここ二年ほど来ていなかったので、すっかり嬉しくなり
「今年はツバメが来るみたい」
と夫に言ったら
「いやそうとも限らないぞ」
とのこと。
夫が見たときは、ツバメたちはお向かいの玄関を熱心に調べていたらしい。
お向かいも人気物件なので、さてどちらが選ばれるか、こればかりは巡り合わせだ。
巣作りから巣立ちまで、玄関下の掃除は大変だし、卵が無事に育つかハラハラし通しだけど、またあの可愛い雛たちに逢いたいな。
大家はそっと待っています。
big love!
僕らが若くて希望に満ち溢れていたころ、もっと遠い大きな未来を夢見ていたころ。
皆の思いを背負って大海へ漕ぎ出した冒険者がいた。
時が経ち僕らは年老いて、足元ばかり見るようになった。
身近な幸せ、小さな楽しみ、手の中の小箱に使い捨ての夢を映して。
けれど冒険者は今も孤独な旅を続けている。
僕らのメッセージを携えて、遠い遠い未知の宇宙へ。
ボイジャー1号2号へ。
僕はただのSF好きの子供だったけれど、夢を現実にしようとした君たちを忘れない。
いつか未来のどこかでまた会えますように。
地球より、大きな愛を込めて。
ささやき
ウィスパーボイスが生理的にダメだ。
あの息もれ声を聞くとぞわぞわムズムズこそばゆく、身体を捩りたくなってしまう。
なのに今、俺の耳元で女の幽霊がずっと恨み言をささやいている。
『恨めしいわ…あいつが恨めしい…はあぁ…』
事故物件を承知で格安の部屋を借りたのは俺だし、幽霊の一人や二人どうってことはないのだが、このささやき声だけは我慢出来ない。
「おい!」
俺はついにブチギレた。
「こそばゆいんだよ耳が。もっと大きな声で言え!」
そう怒鳴ると、幽霊はびっくりして目を剥いた。
青白い顔がみるみる嫌悪感に歪み、両手で耳を塞いで俺を睨む。
『最低…大声出さないでよぉ…』
蚊の鳴くような声で吐き捨てて、幽霊は消えてしまった。
物語の始まり
彼女はパリコレモデルだ。
高い身長、すらりと長い手足、個性的な美貌、艶やかな黒髪。
ほとんど物を食べないのは、その素晴らしいスタイルを維持するための努力だと思われている。
「ところが逆なのよ」
こっそり彼女は打ち明けてくれた。
「モデルだから食べないんじゃなくて、食べなくて良いからモデルになったの」
人前ではね…と付け加えて、彼女はくるりと背を向ける。
そして頭の後ろにぱっくり開いたもう一つの口から、テーブルの料理をもりもり食べ始めた。
なるほど、モデルのサクセスストーリーの始まりは、二口女の昔話だったのね。