静かな情熱
職場にミステリアスな人がいる。
人当たりは良いし仕事も真面目だが、私生活が全然見えず、例えば休日に何をしているのかまるで想像がつかない。
でも何となく、いつも楽しそうに見える。
心にこっそり宝物を持っていそうで、充実した何かがあるんだろうな…と勝手に思っていた。
ある日その人を、ホームセンターで偶然見かけた。
物凄く熱心に、包丁を選んでいた。
声をかけるのが憚られるほど熱心に。
足元のカゴには大量のビニールテープとロープ。
きっと、お料理とDIYが趣味なんだ。
きっとそうだ…。
遠くの声
夜、ネット注文したスニーカーが届いた。
コンビニへ行くついでに試し履きしようと口笛を吹いて紐を通していると、どこか遠くで
「縁起が悪いよ!」
と聞こえた気がした。
そう言えば田舎の祖母が、夜に靴をおろすなとか口笛を吹くなとかとか言ってたっけ…あれって何だったんだろう?
気のせいかと思ってふと手を見ると、爪が結構伸びている。
爪切りでパチンとやったとたん
「夜の爪切りは縁起が悪い!」と再び、今度はハッキリと声が聞こえた。
…なんだこの幻聴は。
耳がどうかしたのか、それとも頭が…?
きっと疲れてるんだと思い、俺はコンビニを諦めてそのままベッドに潜り込んだ。
翌朝ニュースで知って驚いた。
昨夜コンビニ近くで通り魔事件があったらしい。
俺はあの、遠くからの声に助けられたんだろうか。
未来図
過去からやってきた、ティーンの私が顔をしかめている。
思い描いていた未来図と色々違ったらしい。
何でこんな田舎に住んでるの?ドラマみたいなマンションは?おしゃれな朝食は?エステは?ハイヒールは?カッコいい仕事は?
私は納豆ご飯をごくんと飲み込み、インスタントコーヒーをポットに詰めて、スニーカーに足を突っ込む。
ごめんねー、何かこんな感じになっちゃったのよー。
怖い顔の昔の私にひらひらと手を振り、軽自動車に乗り込んでパート先へと急ぐ。
春の田舎道は生命に溢れて素敵だ。
今夜は夫の好きな、筍ご飯にしましょう。
ひとひら
思いがけない人から、思いがけず嬉しい言葉をもらった。
ひとひらの言葉に切り裂かれることもあるけれど、今日はそれがひらりと胸に落ちて、ぼんぼりのようにずっと灯っていた。
君と僕
子供の頃の自分の写真を見ると、長い髪にリボン、袖のふくらんだワンピースを着て、いつも大きな人形を抱いている。
母の趣味である。
習い事はピアノ、持ち物はどれもピンク、遊びはお家の中でままごとやお絵描き。
昭和のことで、兄弟もいないので特に疑問を感じず、いかにも女の子然として育った。
ところで結婚して息子が生まれた。
そこで初めて、男の子とその遊びというものを知ることになった。
これがびっくりするほど楽しいのだ。
砂場の泥まんじゅう作りに始まって、プ○レールやト○カ、野球にサッカー。
特撮ヒーロー番組などは私の方がハマってしまい、率先して変身グッズや怪獣のおもちゃを買い集めてしまった。
それからカードゲームに少年マンガ、息子と一緒に男の子を追体験するのは本当に楽しかった。
私の中の“僕”に出会わせてくれた息子、どうもありがとう。