君の声がする
けれど、君が目の前にいる訳では無い。
スマホの割れた画面から、君の声がする。
もう二度と会えない、君の声がする。
心の内側が冷たくなるような心地がした。
楽しそうに笑って海辺をはしゃいで走る、君の声がする。
あの時僕は、君が僕の知らないどこかへ行ってしまうような気がして、早くこちらへおいでと言ったのだった。
それが、真になってしまった。
なぜあの時、僕は君と一緒に行かなかったのだろう。
そうすれば、きっと今頃二人で幸せだったのに。
二人でなら地獄でもやって行けると君は言ったけれど
きっと地獄に落ちるのは僕だけで
君は天国にゆける。
だって君はあまりにも美しく優しい人だったから。
どうか、僕のことなんか忘れてくれ
そっと手を繋いで
そっとキスをする。
そんな毎日が、ほんの少しずつ未来を繋いでゆく。
明日はきっと多分、もっと良い日。
「なんでも良いから一つ、自分のものだって言えるくらい頑張ってみな」
そう言った貴方は、柔らかく微笑んでいた。
私は、交差点の真ん中に独りぽちんと取り残されたような気持ちだった。
でも、違った。
人生というものは、そこから始まるのだ。
貴方に胸を張って言えるくらい、何かを頑張ろうと思えた。
何度目かの春の風が吹く。
幸せとは
私にとっての幸い(さいわい)とは
美味しいご飯を食べ
ゆっくり寝て
たまに運動して
推しを応援する事だと、最近まで思っていた。
ほんとうは、貴女の幸せが私の幸せなのである。
貴女が美味しいご飯を食べて
楽しく過ごせていれば、それでいいのである。
その隣に私が居られるのなら
私はもっと沢山の幸せを手にすることだろう。
けれど、貴方の隣は私では無い、他の誰かだ。
私は、私のただのエゴを、己の幸せなのだと偽るのだ。
そうしなければ、幸せだと思えないから。
貴女は私との関係に“親友”という名前をつけて飾っているけれど、その関係はホコリを被り始めている。
それでも私は良いのだ。
だから、私は今幸せなのだ。
そうでなければならない。
「あけましておめでとうございます!」
テレビの司会者が言う。
私は膝を抱え、足や手のひらに汗をかき、零れそうになる涙を堪えている。
私の人生がまた一年進んだ。
良いお年を、なんて言うけれど
私にとって新しい一年というものは大変な地獄なのである。
真っ赤になって汗をかきながら、何を考えるでもなくジッとテレビを見つめる。
一時間ほどそれを続ける。
私の嫌いなアーティストが音を外し、けれどとても楽しそうに歌っている。
私はそんなふうな事を考えてしまう、嫌な人間なのだ。
心の奥底が冷たくなるような心地がした。
去年の今頃は、友人と楽しく過ごしていたのに。
私は捨てられたのだろうか。
いや、そもそも拾ってもらってすらいないのではないか。
私がこのような人間でなければ
彼女は大晦日も、家族と過ごす筈の元日ですら私に時間をくれたのでは無いだろうか。
楽しかった時間は元に戻らないという。
だから私は無理やりにでも笑顔を作って言うのだ。
「良いお年を」