長く長く思っていたその男に、居ても立っても居られなくて衝動的に想いを告げてそしてこっぴどく振られたのが数ヶ月まえ。
どんなに忘れたくても忘れられない。
どんなに消したくても消えない。
大した男でもない。冴えない卑怯な奴だと。
意識に刷り込んでここ数ヶ月思い出す暇もないようにがむしゃらに働いて働いて身体もココロも極限まで追い込んで意識の外に追い出してるのに、寝る前のまぶたを閉じるその瞬間には必ず浮かんでくる憎らしい顔。
もう好きじゃない、あんな奴のことなんてちっとも好きじゃない。
好きじゃないのに、
どうしておれの中から消えてくれないんだ…。
会わないように耳にしないように気を張っていたのに、アイツに新しい彼女が出来たと同僚から聞いた。
そいつにとってはただの世間話に過ぎないその話題は、おれにとっては地雷だった。
その話を聞いたとき冷静に対処していたと思う。
笑えてたと思う。
こいつは何も悪気はない何も知らないんだだからしょうがないんだ。
だけどおれはひそかに震える手をバレないように握りしめていた。
世界が揺らいで見えた。足元がぐらついた。
必死に耐えていた。
何を期待していたんだろう。
世界がひっくり返ってもおれの元に来るなんてことはないのに。
頻繁にやり取りしてたメールのやり取りに電話。
あれからは鳴ることの無くなったスマホ。
着信があれば咄嗟に名前を確認しては勝手に落胆する。
そんな自分が嫌だった。
切り離してしまいたかった何もかも。
滑稽な自分に笑いが込み上げてくる。
寝転んでいるベッドの上でひとり小さく笑い天井を見上げる。
見渡すすべてが色褪せて見えた。
色が消えたその世界に目を閉じて眠りにつく。
もう何もかもどうでもよかった。
この痛む心も渦巻く黒い感情もまだ彼を忘れられない自分も。
もう何もかもどうでもいい。
どうでもいいんだ。
(安らかな瞳)
どうしてずっと隣りに居れると思ってたんだろう。
どうして気持ちは変わらないと思い込んでいたのだろう。
どうしておれは…。
「きみは男だから」
目の前の男は視線を足もとに落としたまま誰に言うでもなくポツリとそう言った。
この人はおれの人間性が好きだと言ってくれた。
好きになる人は姿形には拘らないと以前話したときに言っていた。
何よりふたりで居るときの空気がおれは好きだった。
だから大丈夫だと思った。
いま思うとどこから来たのか分からないその自信を持って。
溢れ出して止まらないこの想いを思い切って言葉にした。
笑って受け止めてくれると思い込んでいたおれに突きつけられたのは拒絶だった。
「何かの冗談でしょう?」
ぎこちなく笑って視線を外す。
こんなこと冗談で言えるはずないじゃないか。
そんな雑な感情ではない。
彼の態度に失敗したと思った。
言わなきゃよかったと思った。
「そ…だよ。びっくりした?」
何とか笑って絞り出したその声は震えてなかっただろうか。
貼り付けた笑顔は歪んでいなかっただろうか。
その答えに目の前の男は、顔は未だ俯いてよく見えないもののあからさまにホッとしてる様子が見てとれた。
「驚かさないでください。びっくりしたじゃないですか」
少し笑って視線をおれの方に向けた。
そんな分かりやすく安心するなよと胸の奥に怒りが湧いてくる。
合わさっていた彼との視線を今度はおれが俯き加減に逸らす。
「そっちがウソだけどね」
その言葉に彼がまた動揺したような気配があった。
もう自暴自棄になってたのかもしれない。
どうなってもいいと思った。
一歩また一歩、彼の方に近付くと警戒したように身構えられる。
「そんなに警戒しないでよ」
表面上は笑っているのに泣きたくてたまらない。
「あんたのことが好きなんだ」
また一歩さらに彼の方へ近付く。
彼は固まったまま地面の方ばかり見て黙ったままだ。
そんな姿に腹が立つ。
「なんか言ってよ」
「僕たちは男同士で…そんなのありえない」
「あんたは姿形には拘らないと言ってたじゃないか」
「それでも男同士とは思いもよらなかった」
ポツリと消え入るような声で答える。
「だったら、おれがオンナだったらよかったの?」
近付いてその頬に手を添えると怯えるように身体が震えた。
逃がさないように視線を追いかける。
「オンナだったら付き合ってくれたの?」
言葉の勢いでそのまま彼のくちびるにそっと自分のそれを合わせた。
その瞬間に強い力で剥がされた。
心臓を鷲掴みにされたようだ。
痛くて堪らない。
どうしたらいいんだろう。
もう進むことも引くことも出来ない。
分かっているのはもう取り返しのつかないってことだった。
口に出してしまったら最後だなんてよく言ったものだ。
ただただずっと隣りに居たかっただけなのに。
それだけでよかったのに。
それ以上を求めてしまったのがそんなにいけなかったのか。
いまはただ一秒でも早くここから消えてしまいたかった。
(ずっと隣で)
何か違う。短くまとめるの難しい。
あなたのその心臓をくり抜いて手に取り眺めたい。
どんな風に脈打つの?
どんな色してどんなカタチをしているの?
あたしの下に組み敷かれてその胸を切り開かれるときどんな顔してあたしを見上げるの?
恍惚に浸りながらそれを熱弁してると
「何だかマッドサイエンティストみたいだね」
困ったように笑われた。
「だってあなたの心臓あたしのタイプなんだもの」
微笑み返してその男の心臓の辺りをそっと撫でる。
そこに耳を当てると規則正しい音がした。
あたしに教えてあなたのこと。
その心臓の奥深く潜んでいるそのこころを。
あたしはあなたの全てに興味があるの。
どんなに些細な事でもひとつ残らず曝け出して頂戴。
あなたの目に映るもの触れるものすべて。
愛なんて求めないから、その心臓をあたしに頂戴。
(もっと知りたい)
まだ眠気が冷めやらぬまぶたをゆっくり押し上げて、見上げた天井に見覚えがなくて意識がはっきりしないまま考える。
「ここ、どこだっけ…?」
少し周りを見渡そうと動こうとしたらがっちり腰回りに腕を回されてる感覚があった。
そっと横を向くとおれを抱きしめて眠る冴えない男の顔がそこにあった。
そういえば昨日引き止められてそのまま一緒に寝たんだっけ。
本当は帰るつもりでいた。
「何もしないから。ただ一緒に居たい」
そう、情けない顔でたどたどしく真っ直ぐな言葉で引き止められて帰るに帰れなくなった。
そしてこの男は本当に何もしないでただおれを抱きしめて眠った。
徐々に覚醒していく意識とともに、自分の気持ちも一緒に整理していく。
その冴えない印象とは違って思った以上に力強く抱きとめられているその腕のなかで必死に向きを変えて男の方に向き直る。
眠っているのにこんなにおれが動いているのに腰に回された手は外れることはなかった。
この人はなんでおれが好きなんだろう。
真っ直ぐにそして不器用に告げられる愛の言葉にいつしか揺さぶられるようになっていた。
この人とはおれがたまにストレス発散で女装してる時に出会った。
こんなに会うはずもなかったし、男だと明かす前に離れる気で居た。
でも彼といると心地よくて何度も会ってしまっていた。
一晩経って顎の周りにうっすらと伸びたそのヒゲに手を触れる。
「おはようございます」
触れてしまったことで起きたのかうっすらとまぶたを開けて微笑んだ。
それに反射的に微笑み返すと力強く抱き締められた。
ニセモノの長い綺麗な髪がベッドの上で広がる。
そっと背中に腕を回して抱き締め返すとさらに力を込められた。
「きみがこの部屋にいるなんて信じられない」
なんて嬉しそうに呟くからその腕のなかでひとり泣きたくなった。
この人はおれが男だと言ったらどんな反応をするのだろうか。
おれを好きだと熱い視線で見つめたその目でどんな顔をしておれを見るのだろうか。
✨(平穏な日常)
愛とか平和とか歌ったってちっぽけなことさ。
今日も今日とて俺はステージの上から空想論を音に乗せて客席に飛ばす。
俺はこう思っているけどお前たちはどうなんだい?
ハイスピードなリズムに合わせて叫ぶ。
俺の気持ちは届いてるかい?
まぁ届いてなくてもそれでもいいさ。
後ろから鳴り響く重低音が心地いい。
知らないうちに気分が上昇して宙にも浮いているような感覚に陥る。
仲間とのセッション、客席とのコールアンドレスポンス。最高すぎる。
今日のお前ら最高だぜ。
なんて叫びながら愛だの破滅だのそんな薄っぺらい言葉を並べた詩を歌う。
たまには善人ぶったいい詞とか歌に乗せてみる。
こんなんでもお前らは救われると言うのかい?
それならそれで俺も嬉しいよ、もっといい事言おうか?
わざとらしいのはバレちゃうか。
じゃあ、ありのままの俺を歌うしかないな。
受け止めてくれよ。
俺もお前ら全部受け止めるから。
今日もお前ら最高だぜ。
何その笑顔。そんなに楽しい?
こっちもテンション上がるじゃん。
もっともっと楽しませてやる。
一緒に気持ちよくなろうぜ。
最高潮に仕上がったその空気にさらに熱を投入してブチ上がる。
目を背けたくなるようなつらいつらい世の中だけどさ、今日この時ばかりはさ。
全部全部忘れて俺らの事だけ見ててくんない?
そしたらさ、俺らもちょー幸せじゃん?
ステージの下、俺らの音に合わせて振り上げられる拳、揺れる身体、跳ねるそれ、これでもかって言う笑顔!!たまに泣いてくれちゃってる子も居るけど。
それもまぁ全部全部ありがとう。
もうなんていうか、
この瞬間が平和っていうやつじゃねーの?
こんなに素敵な笑顔がそこらじゅうに広がってんだ。
まだ笑えない君もいつか笑ってくれたらいいと思うよ。
そんな君のために俺らは歌い続けるよ。
(愛と平和)