進まない、進まない。
時計の針が何回も回っても。
まだ彼は帰ってこない。
旦那が出掛けて大分経ったと思うんだ。
何だかやる気も出ないし机に突っ伏して時計や暦だけを見つめてる。
そんな私を見兼ねて後ろから遠慮がちに声が掛かる。
「団長…新作はまだやらないんですか?」
「旦那がまだ帰ってない」
あの演目は、新しく考えた演目は最初に旦那に見て欲しい。
誰よりも真っ先に。
そして憎らしい笑顔で褒めて欲しいんだ。
お前の演技はやはり最高だと。
今回の戦地は厳しいと彼は言った。
いつも余裕そうに笑う彼のその瞳は本当に厳しいのだとそう語っているようだった。
「旦那に会いたい…」
今回で遠征に出向くのは終わりと言っていた。
すべて終わるのだと。
出来るだけ早く帰って来ると。
そもそもの始まりは自分の失態だった。
他国の舞いを顔見知りだけの会合だと油断して舞ってしまったから。
それが敵対する国の舞いである事に。
ただのお手本のつもりでひと舞いしただけのそれが火種となって。
旦那は私を庇って無理難題な積荷を運びに戦地へ行った。
「お前はまた考えもなしに行動するな!責任も取れないくせに!!」
と私を罵倒して決別して会いに来てくれなかったのに、それでも赦してそばに居てくれるその旦那が。
今はそばに居ない。
早く帰って来るって言ったじゃないか。
新作楽しみにしてるって言ったじゃないか。
そうではない。
そうではないのだ。
旦那は無事でいるだろうか。
早くあなたの為に舞いたいのに。
時計の針はまだ一向に進んではくれない。
逢いたい。
憎らしいその顔に。
🍁(時計の針)
びーえる…?
もうなんかダメだ。
好きだなんて認めたら止められなくなった。
あれなんつーの?びーえる?とか言う女子がやたらと好きなやつ。
何回目かの出演オファーで仕方なく引き受けたやつ。
その相手のやつが思ってた以上に可愛くて。
コイツが相手役なら恋も表現しやすいかなーとかそんな始まりだったと思う。
でもやたらと人懐っこくて、でも案外重たい過去持っててそして何より仕事に一生懸命で。
今まで女としか付き合ったこと無かったけどアリかもしれないとか思ってしまったのが運の尽き。
そう思ってしまったら感情なんてたぶんダダ漏れでコイツには何でもしてやりたいって思う。
幸運な事にこのドラマと言うやつは結構絡みがあるやつで堂々とコイツと絡むことが出来る。
コイツも真摯にこのドラマに向き合ってるからどんな絡みでも笑顔で嫌がらずに演じてみせるのが救い。
それに乗じて台本にないスキンシップを取ったり情熱的に演技を超えて絡み合ったりする。
その頬に触れて首筋を辿り男にしてはしなやかなその肌に何度も何度も触れては口付けをした。
嫌がられたりしないかなんて考えなかったわけでもない。
まるで本当の恋人かのようにそれが普通かのようにすべて笑って受け入れる。
「俺が本当に男の人好きになったらどうしよう」
「この役はいいよね。こんなに君に愛されて」
そんな熱に浮かされた目でまっすぐ見つめられた時は理性が飛ぶのを必死に抑えた。
これはきっと演技上のことなんだからそんなはずはない。
咄嗟に聞き返すと慌てたように「冗談だよ」と笑って返された。
その答えに落胆したり、それでも毎日繰り返される虚構の睦言。
縮まる距離感にドラマ外での戯れのなかに甘い駆け引きがある気がしてならない。
「本当に君は男の人が好きではないの?」
堪らず聞いてしまったことがある。
「当たり前だろ」
目を逸らして素っ気なく言われてそれ以上踏み込めなくなった。
それでもいつでも隣りにいて気付けばどこか触れ合ってて姿が見えなくては探して探されて。
触れ合ってると心が満たされて誰か他の人と仲良くしてると気に食わなくて思わず嫉妬丸出しで間に入ったりした。
こんなにも周りにもきっと分かるぐらいアイツに惚れているのにその線を越えることが出来ない。
ただただ演技の上でしか触れ合えないその口付けを何度も何度も重ねて思いを乗せてこの熱を伝える。
お前が好きだよ。好きだよ。
目が合うアイツは目を見て伏せてそれをそのまま受け入れる。
それでも俺らは…。
(溢れる気持ち)
あれ…打ってる途中で7時なった。
これはどーなるの?今日の分??
びーえる要素ありありで。
「よーい、はいスタート!」
そんな合図で始まるキス。
なんて事はない今流行りのボーイズラブという男同士で恋しちゃう系ドラマの撮影。
それで俺はそんな合図と共に目の前の運命の相手とキスをする。
熱い視線で見つめ合って甘く激しく求め合う。
アイツに優しく頬を撫でられ激しくくちびるを吸われそれから首筋に降りてきたてのひらに軽く首を掴まれ上を向かされる。
コイツ人の首を触るの好きだよなーとか思いながらそのまま降りてきたくちびるに喉元を軽く噛まれる。
跡が残ったらどうすんだよ、とか思うけど撮影が止まらない限り抗議もできない。
うっすらと目を開けて覗き見ると熱い視線とぶつかった。
欲情してるような熱視線。
直視出来なくてのけ反る素振りを見せる。
その瞬間、腰を掴まれ捕えられた。
重なった部分が熱い。
少しでも逃げる素振りを見せれば追いかけて離さない。
本気で愛されてるようだ。
そう、錯覚に陥りそう。
甘く甘く惚けるその感情にかぶりを振って堕ちていきそうな思いを振り切る。
こんなに求められるのは演技なのだから。
それ以上でもそれ以下でもない。
心では否定しながらも身体は熱く応える。
腕を伸ばしてアイツの首に絡めて引き寄せる。
さらに一層息も出来ないぐらいの長い長い口付けをされながら。
本当にこれが恋ならいいのに。
コイツが本当に俺の事を好きになってくれたらいいのにと願った。
そんな事1ミリもあるはずが無いのに。
絡まる視線は演技でしかあり得ないのに。
なのに何でこんなに全身で求められてる気がするんだ。
遠くでカットの声が聞こえる。
名残惜しく離れていく身体。
まだ触れていたい。
お互いにそんな気がした。
そんな気がしただけだ。
(Kiss)
隣りにある優しげなその顔をふと見上げる。
あぁ彼は今日も隣りに居るんだなぁ。
「なに?そんなにまじまじと人の顔を見て」
あまりに見つめ過ぎたのか視線に気付かれてふんわり笑われる。
「いや別に」
「ただ…」
「ただ…?」
言葉を区切ったおれの言葉を反復するように呟かれて顔を覗かれる。
「お前は隣りに居るんだなぁって」
「何だよそれ」
軽く笑ってそれから。
「いつでもお前のそばにいるよ。当たり前じゃん」
当然のように深く笑う。
普通に考えたら掴んではいけなかったその手を掴んでしまったあの時。
永遠なんて全然信じてないしある訳ないと今も普通に思うけど。
「お前とならずっとずっとその先もどこにだって行ける気がするわ」
離そうとする手をしっかり握り返されてしまったから。
おれは幸せだよって胸を張って言えるから。
どんなに迷ってもお前の隣りを歩み続けたい。
まっすぐと目を逸らさず見つめてると。
目の前の彼の顔がこれでもかって崩れるように笑って強く抱き締められた。
これからもずっとずっとお前と一緒に居たい。そう願うよ。
(1000年先も)
ゆらゆら揺れるブランコに。
乗ってるアイツがすごく羨ましくて。
近づけないまま見つめ続けた遠いあの日。
それは今も続いている。
(ブランコ)