微熱
ピピッと無機質な電子音が、私の左脇に挟んだ体温計から聞こえてきた。
「熱どうだ?」
「……37.5℃」
「微熱だな」
「ギリギリセーフですー! 平熱高いもん!」
「うちの事務所ではアウトですー」
下宿先の大家兼私のアルバイト先の所長によって、強制的にベッドに寝かせられた。
「別にいいじゃん。人に会わない雑務こなせばうつすリスクないでしょ」
「あのな、微熱はこれから熱が上がるって兆候だぞ。早急に寝ろ!」
なにもこんな時に限って急に保護者ヅラしなくても良くない?
「当たり前だろ。お前の両親からお前を預かってんだ、そりゃ面倒も看る」
「家賃かかってるもんね」
「おーおー捻くれお嬢様はさっさと寝ちまえ」
いや、でもまだ微熱だし。本当に熱上がるかわかんないし−−と反論しようとしたら、所長が部屋を出て行ってしまった。本気で「寝ろ」ってことじゃん。そう思ってスマホに手を伸ばし、弟と後輩も集まっているトークルームを開く。
「微熱でバイト出勤させてくれない」
「当たり前だろ。俺らにうつすな」
「お大事に。首にネギ巻くといいって聞いた」
お、おう……。おかしいのは私のほうか。後輩、あなたいったいどこからその知識を得たの?
しょうがない。今日は大人しくしようか。
掛け布団を引き上げて本格的に寝ようとしたら、うとうとしてきたタイミングで所長が部屋に入ってきた。せめてノックしてから来て?
「……なんでネギ持ってんの」
「安心しろ。今日の添い寝担当だ」
いや、臭くて寝れんわ。嫌がらせじゃんかよ。
(いつもの3人シリーズ)
また会いましょう
「ん⁈」
「どした?」
「いま……話しかけられたような気がして」
いつもどおりに3人でだらだらと歩いていた時、すれ違いざまに誰かに声をかけられたような気がして。振り返ったけれども、誰もいない。いや、街だから人はいるんだけど、私の耳元に囁けそうな距離、背丈の人はいなかった。
「見えないアレじゃないの。そういうのよくあるじゃん」
「こいつだけのあるあるだけどな。んで、聞き取れたか?」
「『また会おうな』だけは聞き取れた。その前になにか喋ったような気がするんだけど……」
不思議といやな感じはしない。どこかで聞いたことあるような声だったような気もする。誰だ?
「え……。絶対によくない兆候だよね」
「『また会おう』の前になに言ってたかによる」
後輩は顔を顰めて、弟は変わらずのポーカーフェイスで、それぞれに警戒してくれてるんだと思う。
「んー……また会いたかったら、向こうから勝手に来るでしょ。行こう、」
「いいの?」
「誰かわからんし。対策の打ちようがない」
「ま、悪さしに来たとしても返り討ちにすっからな」
「怖っ。……悪いのじゃないといいね」
こんなことは日常茶飯事。いまさら、私自身も巻き込まれがちな後輩も、自ら首を突っ込んでくる弟も怯まないし慌てない。
−−こんにちは、不思議。また来て、謎。悪いことするつもりなら追い返してやるぞ。覚悟して来い。
生憎、怯えて過ごすだけのか弱い少年少女じゃないもんで。
(いつもの3人シリーズ)
飛べない翼
「飛べない鳥ってなんで飛べないの?」
「いつも以上にざっくばらんとした質問だな、後輩」
「あ、キーウィも飛べないの? かわいい」
「かわいいの好きだね、姉(あね)さん」
「飛ばなくてもいいから止めたんだよ。でも、ペンギンは泳ぐため、ダチョウは走るため。空飛べなくても奴らにとって必要不可欠なものってのには変わりねーぞ。馬鹿にしないように」
「キーウィは?」
「あいつは完全に羽が退化してるから飛ばない。ないし飛べない」
「外敵がいないから空を飛ぶ必要がなくなったんだって本で読んだ気がする。そのせいで絶滅危惧種になったっても書いてたような……」
「ドードーの二の舞にならないといいな。飛べなくても、姉みたいな奴が守ってくれるからなんとかなるんだろ」
「鳥じゃないけど蚕も飛べないんだよね? それはそうとお蚕様も白くてふわふわでかわいい」
「飛べないからかわいいって思うの?」
「かわいいから飛ばなくたっていいんだろ」
飛べないのか、飛ばないのか。理由はなんであれ、臨機応変っていい言葉と姿勢だよねって思う。空を飛ばなくても大事な役目を果たせるならそれでいいんだよ。
話のオチ? どっかに吹き飛ばされてなくなっちゃったよ。読んでくれた君の肩の力が抜けたなら、どんな小話だって意味あるんじゃない?
(いつもの3人シリーズ)
ススキ
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
「なにそれ」
「幽霊見たと思ったら枯れたススキだった、っていうしょうもない話」
「ふーん。オレたちの話みたいにしょうもないね」
「喧嘩売ってんのか後輩??」
怖いと思っているものも、ちゃんと見れば案外つまらないものなんだよって意味だっけ。スマホの予測変換でもこれが出てくるから、かなり有名な言葉なんだろう。あれ、これ、私のスマホだけかな?
なんでこんな話になったのかと言うと、私の双子の弟が大量のススキを抱えてやって来たからだ。
「どうしたの、そのススキ」
「生えてたから採ってきた」
「そんなにススキ好きだったっけ?」
「いや、別に」
「えぇ……」
「うちにいっぱい飾ってたもんね」
聞いたところによると、ススキは縁起物らしい。稲穂に見立てて神様への奉納品に愛用されていたとか。なるほどなー。どうりで私たちの実家でいっぱい飾ってたわけだ。いやね、うち元々神社だからさ……。
案外、弟も実家が懐かしくなって両手いっぱいのススキを採ってきたのかもしれない。
結局、私と弟と後輩の3人でススキを分けて各々の家(私の場合は下宿先)で飾ることにした。
飾った次の日から、同じ下宿人のひとりが頻繁にくしゃみするようになった。
もしかして:花粉症
(いつもの3人シリーズ)
脳裏
忘れられない記憶って奴、誰しもがひとつやふたつあるだろう。たとえば綺麗な景色とか、時間を忘れるぐらいに楽しかった思い出とか。
「最近だと、山に夜景を観に行ったことかな」
「いいな」
「車のライトが流れてくのとか、じっと観てると面白かったよ」
「夜景をちゃんと観ようと思ったことないな。そういう話聞くの新鮮」
いまじゃ夜景観光士って資格もあるんだってね。ちょっと興味がある。
補足すると独りで行ったわけじゃなくて、アルバイト先の所長と一緒だった。後輩と弟も同じところでバイトをしているんだが、たまたま私と所長で外回りする用事があって、ちょうど暗くなった時間帯だから行ってみるかってことで−−
「出るって話聞いてたから期待して行ったんだけど、空振りだった」
「お前らそういうとこだぞ」
弟に呆れた顔をされた。うん、実は夜景はおまけで私と所長の本命はソッチでした。なにやってんだって苦情は受け付けます。番組終了30分以内まで。
「山ってさ、街灯なくって真っ暗じゃん? そういうのだけで怪現象の噂なんていくらでもでっち上げられるよね。本物ってなると、やっぱ本当の獣道を探すしかなかったか」
「危ないからやめなよ。山側からしても迷惑だから、そういうの」
後輩もドライ……いや待て。山側からしても迷惑ってどういうことだ。じわじわ来る。
「一応聞いてやるけど、どんなのが出るって噂だったんだ?」
「人のなかにログインした瞬間に『入れた入れた入れた』ってはしゃぐタイプの怪異。ちなみに女だけ対象らしい」
「ログインって、そんなネットじゃないんだから」
「女対象ってお前があぶねーだけじゃねえかよ」
そういった思い出も含めて、夜景じゃめちゃくちゃ綺麗だったなーっていう忘れられない思い出でした。
「怪異とか怪現象はなかったけど、帰り道に野生の猪には遭遇したよ」
「「そっちのほうが怖い」」
あんなに大っきいんだね、猪って。
(いつもの3人シリーズ)